日本では戸籍上の性別を変更するには、2004年に施行された性同一性障害特例法で定められた以下の6つの条件を満たさなければなりません。
戸籍変更の要件
- 二人以上の医師により,性同一性障害であることが診断されていること
- 18歳以上であること
- 現に婚姻をしていないこと
- 現に未成年の子がいないこと
- 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
- 他の性別の性器の部分に近似する外観を備えていること
つまり、性別適合手術をし生殖機能をなくすことで、ようやく法律上で性別を変えられるということです。これらのハードルを乗り越えたトランスジェンダー女性の齋藤亜美さんは、タイで手術を受けた後、日本に帰国。
帰国して1ヶ月後には性別の変更が認められました。『トランスジェンダーとして生きてきた軌跡 〜私らしく生きる選択 - 性別に違和感を持ってから私が手術を受けるまで〜』vol.10では、「戸籍変更」をテーマに話を伺いました。
戸籍変更の手続き
ー手術が終わり今はどのような状況ですか?
帰国してすぐ、裁判所から戸籍変更が認められました。法的に性別が変わったので、今は登録してるクレジットカードや書類等の性別を更新しているところです。あまり生活自体が変わった感じはしなかったのですが、新しい保険証が届いた時に性別が変わったのだと実感しました。
ー戸籍変更の手続きはどのくらいの期間かかりますか?
書類準備から考えると、早くて1ヶ月前後です。私は書類集めから結果が届くまでに1ヶ月かかりませんでした。
ー“結果”というのは、何でわかるのでしょうか?
家庭裁判所から通知が届きます。「男から女に変更する」とはっきり書かれた1枚の通知書が届くんです。これが戸籍謄本扱いとなり、住民票や保険証など、紐づいている書類は自動で更新されます。
ー戸籍変更にかかる金額はどのくらいですか?
手術も含めたらかなりの値段になります。手術抜きでも、3万円くらいかかってるのかな。戸籍変更に必要な診断書は1つで良いのですが、署名が2人の医師から必要なんですね。なので、まずはファーストドクターから署名をもらい、さらにセカンドドクターにお願いしなければなりません。
また、出生時の戸籍謄本が必要ですね。私は神奈川県に住んでいたのですぐに取得できましたが、遠方の場合は自分で取りに行くには不便ですし、郵送だと時間と費用がかかるという点で、少し手間がかかってしまいます。
ー性別が変更した後、当事者が自身でやらなければならないことも?
そうですね。個人的に必要な手続きは、免許証の更新ですね。厳密に言えば、免許証には性別が記載されていませんが、ICチップには性別の情報が含まれているようです。あとは、マイナンバーやクレジットカードといった公的な書類ですね。
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性別が女性になってからの生活
ー戸籍上の性別を変更しようと考えたきっかけについて教えてください。
私にとって戸籍を変更した方が生きやすくなるからです。私は恋愛対象が男性なので、今後好きな人ができて一緒にいたいと思った時に結婚という選択肢がほしいと考えています。
ー反対に戸籍変更しないことによる障壁はありますか?
戸籍上男性であれば、健康診断などでは男性として案内されてしまう可能性があります。また、書類等の手続きの際に性別欄がある場合にも、障壁と感じる人はいるでしょう。男女での制約が多いので、私は男性のままでいることが不都合だと感じることが多かったです。
ー性別を変更した後の変化はありましたか?
前よりも恋愛してみようかなと思えるようになりました。また、行ける場所も広がっているなと感じるので、人生の楽しみが広がった気がします。選択肢が増えたことで、自分自身が受け入れられてると感じることができ、行動できるようになったかな。
ー周りとの関わり方にも変化があらわれましたか?
昔から私を知っている人にとっては、私のことをトランスジェンダー女性として見ているかもしれません。一方で、これから新しく会う人にとっては、私が女性として見えるかもしれません。なので、状況は人によって変わるのかなと思います。
先日、手術を終えて、久々にシスジェンダーの女性の友人たちと食事に行ったんですが、彼女たちから今度岩盤浴に一緒に行こうと誘ってくれました。私のことをトランスジェンダー女性というより、女性として見てくれていると感じて嬉しくなりました。
あとは、会話も女性特有のトピックを共有できるようになりました。今だと「ダイレーション」といって手術後に必要な膣拡張を行っているのですが、その際に使用する生理食塩水が体の中に残っていると漏れてしまいます。なので、生理用ナプキンをつけているのですが、肌がかぶれてしまったりなど、女性が普段感じていることに共感するようになりました。
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戸籍変更したものの社会に馴染めない……という人も
ー以前、性別を変更したものの社会に馴染めず、元の性別に戻したいという方のインタビューを見ました。実際に戸籍変更をしてから元の性別に戻すというケースもあるのでしょうか?
裁判所から申立をする際に一筆書くことになっているので、基本的に戸籍変更は一回しかできません。ですが、性別を変えたことによってより「男/女社会」を感じ、そこに馴染めないという人はいると思います。
いわゆる、男同士の飲み会と女同士の飲み会って全然違う話をよく聞きますが、その空間に馴染めない人はいるでしょう。あとは、慣習的に男女のステレオタイプが残っている職場もあると思いますし、そういった場面で生きづらさを感じることもあるということです。
ー齋藤さん自身も感じたことはありますか?
社会人になってから男女の違いを感じることがあります。特に私がトランス女性であることを伝えてからは、重いものを持つ時に男性社員が手助けしてくれたり、無意識に染み付いてるとは思います。もちろん男女の筋力的な違いはあると思いますが、関わり方は全く違います。
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ホルモン治療は保険適用外
ー戸籍変更においてさまざまな議論がされています。特に6つの要件をクリアしなければならない点で、当事者にとって負担が大きくかかってしまいます。現状の戸籍変更における課題について聞かせてください。
戸籍変更をするためには、まずMtFは手術による外観を変えなければなりません。ただ、FtMは極論閉経すれば良いので、生理が来なくなった時点で戸籍変更ができる場合もあります。
個人的にはこれらの要件が変わらないなら、せめて保険適用が認められてほしいです。現状、性適合手術における費用と時間が全て当事者負担なため、現実的に手術が受けられない人もいます。
また、診断書が無いとホルモン注射をしてくれない病院やクリニックがあるため、性同一性障害の診断書をもらった後にホルモン治療を行う方法をとる方もいれば、診断書の取得ハードルを下げるために、診断書なしでもOKなクリニックなどを探して、ホルモン注射を先に開始する人もいます。
多くのトランス当事者はホルモン治療や手術によって外見が変化し、自分の望む姿に近づくことを望んでいます。しかし、日本ではガイドラインに沿った治療の場合、SRSのみが保険適用となり、ホルモン注射は適用外です。そのことからも、実際に治療や手術に進める人は少ない現状があります。
※参考:日本性同一性障害・性別違和と共に生きる人々の会「性別適合手術の健康保険適用について」
ー今後、変わっていく動向はあると思いますか?
変わってほしいと思いますが、このままだと変わらないのではないでしょうか。LGBTQ+の中でもトランスジェンダーの数は少ない方なので、やはりたくさんの社会課題がある方を優先されてしまいます。私は半分諦めているところもありますが、社会的に理解されると生きやすくなる人は増えると思います。