トランスジェンダー当事者の中には、自身の性同一性に合わせて性適合手術を受ける選択をする人もいます。内外性器に関する手術を指し「SRS(Sex Reassignment Surgery)」と呼ばれます。SRSを受ける理由は、戸籍上の性別を変更したい、自身の身体に違和を感じているなど、さまざまです。
「【MtF / FtM】トランスジェンダーの性別適合手術を解説します!」にある通り、FtMとMtFではSRSの内容も異なります。連載『トランスジェンダーとして生きてきた軌跡 〜私らしく生きる選択 - 性別に違和感を持ってから私が手術を受けるまで〜』でインタビューしている齋藤亜美さんは、トランスジェンダー女性として過ごし、2023年9月にSRSを受けることに。vol.5では、SRSを控える齋藤さんのリアルな心境に迫ります。
SRSを受けるための環境を整える
ーーSRSを受けようと決意したきっかけはありますか?
理由はいくつかあるのですが、まず環境が整ったことが大きいです。職場を辞めずに手術ができそうだと思いました。仕事をしながらトランスする人のことを「在職トランス」というのですが、会社からの理解が得られない限り、なかなか手術を受けるのは難しい現状があります。
MtFの場合、SRS後は体力が戻るまでに時間がかかることもあり、3ヶ月ほど休職する人がほとんどです。手術が終わってからすぐに職場復帰はできないので、会社側も簡単には送り出せないのかなと。
ーーということは、職場にカミングアウトしないと手術は受けづらいのでしょうか?
そうですね。カミングアウトせずに手術を受けた人だと、貯金して仕事を辞めて手術し、転職するというパターンが多いです。ただ、手術を機に自身も環境も一気に変わることで、社会生活に馴染めない人もいます。
トランスジェンダーコミュニティの中では「RLE(Real Life Experience)」といって、自認する性別で社会に溶け込めるかを試すことがあるのですが、在職トランスではないMtFだと、話し方、声、仕草、髪の毛など、SRSの後に整えていくんですよ。手術して戸籍が変わったとしても、転職含むその後の生活はスムーズにいくかといったらまた別の話になってしまうんですね。なので、手術を受けること自体に相当な覚悟が必要となります。
ーー周りに在職トランスの方はいましたか?
私の周りは在職トランスが多いかな。個人的に感じることは、トランスジェンダーで手術を受ける人の多くは、カミングアウトしている割合が多い気がします。会社によっては休業手当が出るところもあるので、制度をうまく利用している人もいますね。
ーー一部の会社では手術の費用を出してくれるところもありますよね。
外資系の会社だと手術代まで出すところもありますよね。Salesforceは「ジェンダーアファメーション医療費補助」といって、性別適合手術、処方薬、ホルモン療法などの費用を上限400万円まで補助しています。なかなか珍しいケースですが。
参考:「Salesforce、LGBTQ+当事者向け福利厚生制度を導入」
会社や家族へのカミングアウト
ーー齋藤さんは会社にはどのように伝えましたか?
私が在籍しているIRISは、入社したタイミングでCEOの須藤さんにSRSを考えていることをなんとなく伝えていました。具体的には1年前くらいに話していたと思いますね。不動産業界の繁忙期を考慮したうえで、秋くらいなら問題なさそうだねと話が進み、1月の忙しくなる時期には現場復帰できるようにスケジュールを立てました。そこから、具体的に可能な手術日程をアテンド会社に問い合わせて、タイに行くスケジュールを立てたという流れです。
やはりIRISで働く人たちはLGBTQ+コミュニティにいる人たちなので、とてもフランクに話せました。これがほかの会社だったら、カミングアウトした上司に理解があっても、部署内にいる全員がそうであるかはわからないので、手術を受けるハードルは上がるのかなと思います。
ーー伝える相手にも知識がないと、説明の段階で大変そうですよね。
そうなんですよね。なので、伝える相手がセクシュアルマイノリティであるかはあまり関係がないのです。LGBTsといっても、それぞれ異なるので。そういう意味では、どこの会社でも説明する際は大変かもしれません。
ーー家族には伝えたのでしょうか?
お母さんとお姉ちゃんに伝えました。IRISに入社した頃、実家に帰るタイミングでカミングアウトをしたので、SRSを受けることを伝えた時も驚かれることはなかったです。トランスの手術となると、相手側がどう受け止めていいかわからなくなってしまう可能性もあるので、なるべくラフに伝えるようにしました。
実際、去年手術を受けたトランスの18歳の方が亡くなられたという事例はあり、リスクは0ではないので心配する人はするのかなと。手術が直接的な原因というよりかは、血栓症による事故だったみたいなんですけど、100%安心かと言われたらそうではないので。
関連記事「男性から女性(MtF)へ!トランスジェンダー女性とは?ゲイや性同一性障害との違いなど詳しく解説!」
コミュニティ内で情報交換することも
ーーSRSに関する情報はどのように入手しましたか?
ネット、SNS、友人の3つです。ネットではSRSと調べると情報は出てくるのですが、アテンド会社や手術の種類、費用など、基本的な内容が多い印象があります。より詳細な情報だと、SNSや友達の方が入手しやすいのかな。
実際にタイで手術を受けて帰国するまでの一連の状況をX(旧Twitter)上で投稿している人もいます。積極的に発信しているというよりは、「#セクマイさんと繋がりたい」というタグでフォローしている人が、記録用に手術の行程を全部載せていることが多いので、なかなか探しにくいですが……。
あとは、実際にSRSを受けたことのある友人から教えてもらうこともあります。手術後は体を起こせないので、スマホのアームスタンドを勧めてもらったり、この間会った人にはおすすめのタクシーアプリを教えてもらいました。あとは、同じ病院に行ったことのある人には、近くのご飯屋さんを教えてもらったり。細かいですが、かなり便利な情報ですよね。
ーー現地では一人で行動するのですか?
現地のコミュニケーションはタイ語か英語になるので、日本からタイでSRSを受ける当事者のほとんどはアテンド会社を使います。私もアテンド会社にお願いすることにしたので、スケジュールやしおりなど、SRSに必要なことは全て管理してくれますし、現地にもスタッフの方はいます。
ーー日本ではなくタイを選んだ理由は?
費用面でいうと、アテンド代、渡航費を含めても、日本で手術を受けるのとあまり変わらないんですよね。タイの方がSRSの症例数も多いので、技術的な面でタイの方がいいかなと考えました。
それぞれにメリット・デメリットがあると思いますが、物理的に母国とは離れた場所での手術となるため、何か緊急のことがあった時は、現地の人に直接聞かなければならないため、コミュニケーションは大変かもしれません。あまり心配することではないのかもしれませんが、日本では先生にすぐに会いに行けるというメリットはありますよね。
ーー病院の選び方は?
私はガモンホスピタルを選びました。理由はタイで一番長くMtFの手術に携わっている先生がいるからです。先生に実績と経験があるというのと、ほかのトランス当事者の方に話を聞きました。手術に納得がいかなかったら、再度手術をするのも不可能ではないらしいのですが、体力的にも金銭的にも難しいと思うので、実績のあるところがいいかなと。あとは術式ですかね。
関連記事「【2023年版】弁護士監修、トランスジェンダー当事者が直面する問題」
SRSの術式
ーー術式というと?
SRSの女性器形成手術には大きく分けて3種類あり、ここ1年で新たな術式ができました。個人差があるので、新しい術式を選ぶ人もいれば、従来の術式を選ぶ人もいて、どれが良いといえないのが現状です。
それぞれの術式では、手術で用いる体の部位が異なります。一番新しい「腹膜法」は、男性器と腹膜を組み合わせて行う術式で、もともと一般的だったのが「S字結腸法」という大腸の一部で直腸に一番近いS字結腸を使った術式。そして、ペニスの皮膚を膣に転用する「反転法」です。
ーー人によっては受けられない術式もあるのですか?
例えば、腸を使用する術式は腸に持病があると受けられませんし、男性器を再利用する術式はホルモン治療を受けている人だと受けられません。ですが、術式によって膣の奥行きが異なります。腹膜法だと15cm、S字結腸法だと18cmといわれていて、奥行きの深さを取れたとしても、自然物ではないので閉じてしまう可能性があるんですね。
なので、閉じないように「ダイレーション」といって膣を拡張するための棒を定期的に挿入する必要があるのですが、それでも深さが浅くなってしまう可能性があるみたいです。特に新しい術式だと症例も少ないので、合併症のリスクもあるかもしれません。
なので、私は従来の一般的な「S字結腸法」にしました。私の友人は2年前にこの術式でSRSを受けて、現在も違和感なく過ごせているみたいです。最悪の場合は手術をやり直すこともできるので、一旦はこの術式でやろうかなと思っています。
ーー手術まで1ヶ月ですが、現在はどのような心境ですか?
ここ1ヶ月間はずっとソワソワしてます。現実的になってきたというか。タイでSRSを受けるので、渡航のためにキャリーケースを買ったり、準備を始める段階です。SRS1ヶ月前からはお酒も禁止されているので、ちょうど昨日お酒納めをしてきました。こういう時期ということもあり、今はワクワクより不安の方が大きい。
全身麻酔で意識がなくなった次の瞬間には手術が終わっているとか、考えると怖いなぁって。まだ1ヶ月あるので、直前になったらバタバタして考えてる暇もないのかもしれません。
ーー気持ちを保つために、普段やっていることはありますか?
逆に考えないようにしています。考えているようで考えていないというか。今はまだ仕事もあるので、通常運転です!
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