「学校に行くと、『オネエ』という言葉が飛び交っていました。私も腫れ物扱いされるのではないかと考えるようになりました」

今よりもトランスジェンダーやゲイの存在が揶揄されていた2000年初頭。トランスジェンダー女性の齋藤亜美さんは中学校時代、自身のセクシュアリティ(=性のあり方)を隠していたといいます。その理由の一つとして、メディアの映し出すトランスジェンダー像が大きく影響されていたとのこと。

トランスジェンダー女性の齋藤亜美さんが、なりたい自分に進む道のりを記した『トランスジェンダーとして生きてきた軌跡 〜私らしく生きる選択 - 性別に違和感を持ってから私が手術を受けるまで〜』。vol.3では、齋藤さんの中学生時代に遡ります。今よりもトランスジェンダーに関する情報が十分ではなかった頃、どのようにしてコミュニティを探していたのでしょうか。また、当時のメディアが映し出すトランスジェンダー像についてもお話しいただきました。

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「女性の姿で私生活を送りたい」

ーー中学校に入学してから、自身の性についてどのような心境の変化があったのか教えてください。

第二次性徴期に入ると、男性は髭が生えたり声変わりがあったりすると思うのですが、私は体毛が生えてくることに対して嫌悪感がありました。というのも、前回お話したように、お姉ちゃんの服を自室で着ていると、毛がない方が自然だと感じるようになったからです。なので、その頃から毛を剃るようになった記憶があります。

声変わりに関しては、私はそこまで悩むことはありませんでした。というのも、もともと声は低い方ではないので、そこまで悲観的になる必要がなかったのかもしれません。

ーー見た目には強い意識がありましたか?

そうですね。私もでしたが、トランスジェンダーの多くは、自認する性別として認識されているか、つまり「パス※」しているかを優先しているような印象があります。

よく耳にする「女装(女性用とされている服装を身につけること)」や「異性装(自身の性別とは異なる服装を身につけること)」の場合、自分が好きな服装を着ている人たちのことを指しますが、トランスジェンダーは、社会に女性あるいは男性として紛れ込む、つまり「埋没する」ことの方が重要視されています。いかに社会の中で自然でいられるかを考えていた記憶はあります。

  1. トランスジェンダーが自認する性別として社会から認識される度合いを「パス度」という。合格するという意味の「Pass」が由来となっている。また、完全にパスすることを「完パス」という。一般的には個人の主観で受け取ることが多い。

  2. 埋没とは、出生時に登録された性別とは異なる性別として社会に溶け込むこと。ほとんど誰にも自分の過去を知られなくても、社会生活ができる。一般的には客観的視点から受け取られることが多い。

ーートランスコミュニティではパス度を重視する人が多いという点で、本人が着たい服を着るというより、世間の目を気にして、一般的だとされる女性あるいは男性が着るような服を選ぶことが多いのですか?

シスジェンダー男性/女性(出生時に登録された性別と性自認が一致する男性/女性。以下、シス男性/シス女性)の方でもあると思いますが、着たい服と自分に合う服は違ったりするのでなかなか難しいですよね。トランスジェンダーの中では、表面的に女性に近づこうとする人は多い印象はあります。

出生時は男性として登録されたトランスジェンダー女性の場合、男性的な骨格を持って生まれてくるので、肩幅が出やすいんですよね。なので肩幅を大きく見せないように、キュッと締まるハイネックのような服装はNG、首元がやデコルテが見える服装を着るべきといった話はよく聞きます。それぞれが自分の体型に合わせた工夫をしている気がします。

ーー中学生時代、女性として過ごしたいという気持ちがある中、学校ではどのように過ごしていたのでしょうか?

良くも悪くも自分の性別に関しては割り切っていました。女装コミュニティの中で「室内女装」という言葉があるように、当時は室内で姉の服を内緒で借りて着るということだけをしていましたね。私は「首から下女装※」という言葉が表すように、メイクやウィッグなしで首から下のみで、レディースの服装を身につけることが多かったです。とはいえ、レディース服を着るというのは趣味ではなく、本当は私生活でも女性の姿で過ごしたいという気持ちが強かったです。

女装コミュニティでよく使われる女装に関する言葉

首から下女装:首から下のみ女装する状態。メイクやウィッグはしていないが、女性用の服装を着用する。

完全女装:略して「完女(かんじょ)」。頭から足まで女装している状態。

表面完全女装:略して「表面完女」。毛の処理や見えない部分はそのままにしておく状態。

下着女装:下着のみ女性モノを身につけている状態。

※必ずしも「女装をしている人」=「トランスジェンダー女性」とは断言できません。女装は見た目などの「性表現」、トランスジェンダーは「性自認」にかかわる言葉です。

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メディアが映し出すトランスジェンダー像

ーー中学生の頃は「トランスジェンダー」という言葉を知っていましたか?

中学生の頃、家にパソコンを初めて導入したことがきっかけとなり、自身の性について調べ始めました。当時(2002年前後)は、トランスジェンダーという言葉よりも「ニューハーフ」という言葉の方が浸透していました。テレビで活躍していたカルーセル麻紀さんやはるな愛さんなどを調べることで、「こういう人たちもいるんだ」という前向きな気持ちになったと同時に、「周りに打ち明けたら腫れ物扱いされる」という不安な気持ちが募りました。

テレビでは、はるな愛が出生時の男性の名前を出して笑いをとるような茶番が行われ、学校に行くとその番組の話題になり「オカマ」といったワードと笑いが飛び交う日々で……。今では冗談として流せるようにはなりましたが、当時の自分にとってはセンシティブなワードだったので。仮に自分が同じ状況に陥ったら……と考えると、ますます女性になりたいという気持ちは打ち明けづらくなりました。

自分がニューハーフだと言われることで傷つくのはわかっていたので、自己防衛として“普通の男の子”に見えるように振る舞ったり、女の子と付き合ったりしていました。

ーー周りに男の子としてみられるために、女の子と付き合っていた?

そうですね。そもそも恋愛には興味がなかったんですね。けど、やっぱり周りに変に思われないようにするために、告白されたらとりあえず付き合うようにしていました。女の子と付き合うことが多かったのですが、それも周りの影響を受けていたからだと思います。

しばらくするとミクシィが流行り出し、私と同じような人たちが集まるスレッドで情報を見聞きする中で、男性と出会ったこともあります。当時はセクシュアリティについてはあまり考えていなくて、「もしかしたら男性の方がしっくりくるかも」とやんわり考えていたくらいです。

関連記事「【当事者執筆】トランスジェンダーでトイレに困ったときどうする?どんな問題を抱えているのか?」

ネット上で知り合った人と出会う

ーー当時は、当事者同士が交流できるようなコミュニティはありましたか?

トランスジェンダーという言葉は一般的には知られていなかったので、女装を趣味としている人、ニューハーフ、トランスジェンダー、あるいはそういった人たちが好きな男性など、さまざまな人たちが参加している「女装さん集まれ」というグループにいました。グループ内では、メイクの方法、メイク道具やレディース服が買える場所、声の出し方、オフ会情報などが発信され、それぞれが必要とする情報にアクセスしていた印象です。

他には、「T’s LOVE」というサイトも使っていました。完全招待制で、ミクシィつながりで会員になりました。ここでは、ニューハーフや女装をした人たちが集まるハッテン場(そこに集まる匿名の男性が、恋愛関係を省いて即座に性交渉を行える場所)や中古で服を販売しているサイトの情報などが掲載されています。そこで出会った人とご飯に行ったり、服やウィッグを買ってもらったりすることもありました。

ーーネットを介して出会う人は、同じトランスジェンダーの方ですか?

いえ、シス男性の方です。彼らは、ニューハーフや女装をする人と積極的に交流したい「チェイサー」と呼ばれる人たちで、中には友人関係だけでなく、肉体関係を求める人たちもいます。女性の見た目をした男性器を持つ人が好きという人も一定数いて、私は当時中学生だったので、年齢的にも需要があったのかなと。

ーー中学生が知らない大人の男性と出会うことのハードルは高い気がしますが、当時は抵抗はなかったのですか?

もちろん恐怖心や緊張はありましたよ。ですが、今までお姉ちゃんの洋服を借りていて、一度「タンスの中の服が漁られている気がするんだけど」と言われたこともあり、そこから自分で服を手に入れる方法を考えるようになりました。

当時の自分は、レディースの服やウィッグが欲しいという気持ちが勝っていたのだと思います。中学生でお金もなかったので、これしか入手方法はなかったです。あとは、表で女性の見た目をして歩く自信もなかったので、誰かが横にいるだけで安心感もありました。今考えると、よく犯罪に巻き込まれなかったなと思いますけどね。

ーーどのような場所で買い物をしていましたか?

その時に住んでいた神奈川の秦野という場所から1時間ほど離れた、東京の町田に行っていました。女装専門店のような場所は特になくて、ドンキホーテなどで、コスプレやウィッグを買ってもらっていました。

関連記事「トランスジェンダー当事者がTwitterを使うメリットとデメリット」

なりたい自分に近づくための唯一の方法

ーー家族から心配されることはなかったのでしょうか?

家族はネット上で知り合った人と会っていたことなどは知らなかったので、特に心配されることはありませんでした。買ってもらった服を詰めるために、大きめのかばんを持って出た記憶はあります。良くも悪くも活発な中学時代だったので、門限は特に気にされることはありませんでした。その頃には携帯もあったので、連絡さえとっていれば特に何も言われませんでした。

ーー当時(2002年前後)は、トランスジェンダーに関する情報はアクセスしづらかった印象ですか?

リアルのコミュニティがどこにあるのかわからなかったので、結構ネットで情報を収集していました。とはいえ、トランスジェンダーという言葉すら浸透していなかった時代なので、ネット上にも色々な誤った情報が流れていたと思います。

ーー今では流れてこないような情報も?

そうですね。私が覚えている限りだと、当時、牛丼チェーンのすき家では、当時お客さんの統計を取るために、システム上レシートにお客さんの性別と年齢が印字されることになっていたんです。自分がどう見られているかを確認するために、お店に行きレシートに記載された性別欄を確認するような人もいました。徐々にトランスジェンダーにまつわる情報が増えつつありますが、昔はこのようにして自力でやり方を見つけるしかなかったんです。

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