みなさんは自身の性を意識したことはありますか?
実はトランスジェンダーの8割が、小学生で自身の性別に対する違和感を抱くと報告※されています。トランスジェンダー女性である齋藤亜美さんも、女の子になりたいという気持ちを抱く始まりは、小学生の頃だと言います。
『トランスジェンダーとして生きてきた軌跡 〜私らしく生きる選択 - 性別に違和感を持ってから私が手術を受けるまで〜』vol.2では、一当事者である齋藤さんの小学生時代を振り返りながら、トランスジェンダーの人たちが立ちはだかる問題を顕在化していきたいと思います。
※参考:中塚幹也(2010)「学校保健における性同一性障害:学校と医療の連携」『日本医事新報』4521:60-64
男の子とよく遊んでいた活発な幼少期
ーー初めに、齋藤さんの幼少期について教えてください。
1991年に桂光(かつみつ)という名前で、神奈川県の小田原市で男の子として生まれました。お姉ちゃん、両親から構成された4人家族で、祖父母を含めた6人で一緒に過ごしていました。私の家系は、良くも悪くも世間一般的だったのかなと。いわゆる、お父さんが働いて、お母さんは専業主婦をするような昔ながらの家族形態でした。
お父さんはメーカーの業界で働いていましたが、定時で仕事は終わりそこまで忙しくはなかったので、休日は家族とディズニーへ行ったり、公園で遊んだり、割と仲良かったですね。お母さんの家系が裕福な家庭だったこともあり、バスを借りて20人ほどの親戚が参加する旅行を企画するなど、親戚同士の交流もありました。
ーーお母さん側の家庭が裕福だったということは、齋藤さんのご両親の教育は厳しかったのでしょうか?
厳しくはなかったと思います。両親から「これしなさい」と言われたり、怒られたりした記憶はないので。私自身、納得がいかないと気が済まない性格だったので、「なんで?」と理由をよく聞く子でした。好奇心旺盛であると同時に、怒ったり、イラついたり、自分の感情を表に出すことに抵抗がなかったんだと思います。
小学生の時は、近くの公園で友達と遊ぶのに熱中し、夕方のチャイムを無視して帰らないこともありました。そのくらい自由に過ごしていたと思います。
ーー小学生の頃は、どのようにして過ごしていましたか?
世間一般でいう、男の子遊び、女の子遊びのどちらかでいうと、男の子遊びをしていたとのかな。男女関係なく遊んでいましたが、虫を捕まえたり、ポケモンしたり、砂場で遊んだり、とにかく体を使って遊ぶのが好きだったので、周りには男の子の友達が多かった記憶があります。
小学5年生になるタイミングで、実家がマイホームを購入したことを理由に神奈川県の秦野市に引っ越したのですが、その時に同級生からいただいた寄せ書きを見ると、割と友達からは慕われていたのかなと思います。
引っ越しを機に自分の部屋ができ、自身の性と向き合う
ーー学校が変わってから、人間関係に変化はありましたか?
転校することで、0から人間関係を作っていかなければならないことは不安を感じていたと思います。孤立したくなかったので、友達が誘ってくれた陸上の練習会に参加するなど、他の同級生との交流はありました。あとは、運良く同じクラスに私ともう1人の転校生がいたこともあり、割と早い段階でクラスには馴染めたと思います。
ーー自身の性に関する捉え方は?
引越しのタイミングで大きく変化しました。前住んでいた家は自分の部屋がなかったのですが、新しい家では自分の部屋ができたので、自分自身と向き合う時間が増えたのです。もともとお母さんの化粧品を使ってみたいという子供ながらの好奇心が強かったので、プライベートの空間が確保されることで、今までにできなかったことができると思いました。
ーー自分の部屋ではどんなことをしていましたか?
家族が家にいない時にこっそりお姉ちゃんの服を着たり、お母さんの化粧を借りたりしていました。小学校時代は男の子として過ごしていましたが、髪はショートボブくらいまであって結んだりしていました。そういうところから女の子になりたいという気持ちが芽生えたのかもしれません。
と同時に長髪でいることで、不自然に感じてしまい、「やっぱり女の子とは違う」と思うこともありました。髪が長いことに加えて、肌が色白なので、同級生には「男女(おとこおんな)※だ」「歌舞伎役者っぽいよね」と言われた記憶もあります。
ーーご両親からは髪が長いことで、何か言われることはありましたか?
髪を切るよう言われていましたが、無視していました。私は小学校時代にクラブ活動をしていなかったので、例えば、野球チームのように丸刈りを強制されるなど、髪型に関する規制はありませんでした。髪も学校生活に支障が出るほど長くなかったので、切らなくてもそこまで問題視されることはなかったのかなと。
※男女(おとこおんな)とは、男性で女性的な、または女性で男性的な性徴や特質を持つ人のことをいう。
■トランスジェンダー当事者が性を意識し始めるパターン ①第二次性徴期 第二次性徴期とは、思春期になって現れる身体の変化のことをいいます。声変わり、毛の発育、胸の発達、初経など、身体の変化に対して居心地が悪く感じる当事者もいます。身体の変化を伴う時期とともに現れる性別違和感を軽減させるため、家族の理解が得られたり、カミングアウトができたりする環境にいる当事者は、第二次性徴期でのホルモン治療を行うケースもありますが、副作用や不可逆的な変化が起こるため、この時点で判断するのは難しいとも捉えられます。 ②情報収集 なんとなく自身の性に違和感を抱いていても、最初はそれが何なのかわからない人も。レズビアンである筆者も、「レズビアン」という概念を知るまでは、女性が好きであることがセクシュアリティに直結しているとは思いもしませんでした。トランスジェンダーも同様に、ネットやテレビ、映画など、何か自身が共感できる情報を見つけることで、トランスジェンダーであると気づく場合もあります。 ③周りから言われる 「今まで生きてきた性とは異なる性かもしれない」と思うことに対して、戸惑いや嫌悪感を抱く人もいるでしょう。自分の気持ちに気づかないフリをしていていても、悩みのタネは心の中に残り続けます。勇気を持って信頼できる友人に相談してみることで、新たな気づきを得られる可能性もあります。 ④環境や規則による生きづらさ 多くのトランスジェンダー当事者が、学校生活において生きづらさを経験します。いまだに学校では多様性への配慮は不十分であり、更衣室、トイレ、制服、名簿など、あらゆる場面で男女に区分されます。「スカートは履きたくない」「君呼びされるのが嫌だ」などの思いから、気づく場合もあります。 あくまで、紹介したきっかけはごく一部です。同じトランスジェンダーでも、気づくタイミングやきっかけはさまざま。セクシュアリティ(=性のあり方)は多様なのです。 |
学校生活での違和感
ーー女の子になりたいという気持ちをカミングアウト※したことは?
伝えていませんでした。子供ながらに、なんとなく自分が女の子になりたいという気持ちを表に出してはいけないと思っていました。カミングアウトしていないのに気づかれたかもしれないと思い、「ヒヤッ」と「ドキッ」が混ざるような感覚は覚えています。
ーー学校生活でハードルを感じることはありましたか?
特にプールの授業は好きではありませんでした。私が小学生の時は、教室で着替えるなど、プライバシーが守られていなかったので、そういったところで肌を見せるのは抵抗がありました。それに、水着になって上半身を見せるのは嫌だったなと。
明確な理由は覚えていませんが、恥ずかしながら着替えていた記憶があります。もともとアトピーを持っていたのと、プールの時間で肌を見せることの嫌悪感が重なり、よく見学していました。
※カミングアウトとは、「カミング・アウト・オブ・ザ・クローゼット(英:coming out of the closet)」という表現からできた言葉。「自身が隠れていたクローゼットから外に出る」つまり、自身のセクシュアリティを他の人に告白するという意味合いがある。逆に、セクシュアリティをカミングアウトしていない状態を「クローゼット」という。Rebit『LGBTQ子ども・若者調査2022』によると、LGBTQの学生の93.6%がセクシュアリティについて教職員に相談できないという結果が明らかとなっている。この調査の対象はLGBTQユースであるものの、もちろんそこにはトランスジェンダー当事者も含まれている。
「自分自身が抱く嫌悪感」と「社会によって抱く嫌悪感」
ーー更衣室もそうですが、トイレや制服など、男女で区分されることに対して、どのように感じていましたか?
正直、当時はトイレに関して、そこまでの嫌悪感はなかった気がします。というのも、人には「自分自身が抱く嫌悪感」と「社会によって抱く嫌悪感」があると思っていて、当時は社会的要因の方が強かったのかなと。
なので、はるな愛といったオネエタレントの存在がより多くの人に知られるようになることで、自分の性に対する気持ちを隠さなければいけないという気持ちは強くなっていきました。社会の状況や周りの状況を含めて、男の子として割り切って過ごすしかなかったですし、自分の部屋の中だけに気持ちを留めようとしていました。
ーー不登校や自殺念慮※[1]を抱くトランスジェンダーの学生は多いとの調査結果※[2]も出ていますが、このように社会や周りの認識など、外部的要因となることが1つの大きな原因とも捉えられそうですね。
そうですね。私の場合、小学生の頃は男の子とよく遊んでいましたし、割とサバサバした性格ということもあり、女の子になりたいという気持ちを伏せて過ごすことができました。しかし、他のトランスジェンダーの方とお話をすると、私とは真逆で恥ずかしがり屋な性格の人や、幼少期から話し方や見た目が女の子らしい人もいます。
周りからすると「男の子なのに女の子っぽい」という側面から、その人が浮いて見えたり、当たり前ですがそれに対してなかなか言い返すことはできず、いじめや不登校に繋がってしまうこともあります。なので、一番は学校が多様性に配慮することから始めるべきではないでしょうか。
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平成25年度東京都地域自殺対策緊急強化補助事業 「LGBTの学校生活に関する実態調査(2013)」によると、不登校を経験したことがあるトランスジェンダーは29%であることが明らかとなった。
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中塚幹也の「学校保健における性同一性障害:学校と医療の連携」(2010)によると、自殺念慮を抱いたことのあるトランスジェンダーは58.6%であることが明らかとなった。