トランスジェンダーが直面させられる問題は、マジョリティが優先に作られた社会システムにより生じているのではないでしょうか。たしかに、シスジェンダー※の人からシスジェンダーが故の悩みを聞くことは滅多にないでしょう。
多くのトランスジェンダーは、学生生活1つとっても男女で区分された名簿、制服、授業など、マジョリティが考えもしない問題に直面せざるを得ない状況に置かれています。
トランスジェンダー女性として過ごす齋藤亜美さんの半生を辿りながら、トランスジェンダーが立ちはだかる現状や課題を顕在化する連載『トランスジェンダーとして生きてきた軌跡 〜私らしく生きる選択 - 性別に違和感を持ってから私が手術を受けるまで〜』。
Vol.4では齋藤さんの高校時代を振り返りながら、最近よく耳にする「ジェンダーレス制服」やトランスジェンダー高校生の出会いの場などについて話してもらいます。
※シスジェンダーとは、生まれた時に法的に登録された性別と自認する性別が一致する人。例えば、男性として生まれ、現在も男性として過ごしている人など。
初めに |
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IRISでは、あらゆるマイノリティが暮らしやすくなることを目指すという意味から「LGBTs」と表記していますが、今回は一般的な「LGBT」「LGBTQ」について解説するため、表記が混在しております。 |
ジェンダーレス制服の賛否
ーー最近ではジェンダーレス制服を導入する学校も増えました。ジェンダーレス制服について、齋藤さんはどのように考えていますか?
ジェンダーレス制服とはその名の通り、男女の区別をなくすジェンダーレスな制服のことです。性自認やジェンダーを尊重し、性差のないデザインを採用しています。学校にもよりますが、スラックス、スカート、ネクタイ、リボンなどの自由選択や、男女兼用として新たなユニセックスデザインの制服を導入する事例もあるそうです。
学生にとって制服の選択肢が増えたことは大きな進歩ですが、そもそも制服が必要なのかも考えなければならないと思います。
PR TIMES「【制服トレンド最前線】今後の教育はどうなる? 加速する多様性時代は制服も変化/採用が増加する『ジェンダーレス制服』と 次世代型『ジャージみたいな制服』」
ーーたしかにジェンダーレス制服の導入も制服の着用が前提にあり、そもそも制服が必要であるかは議論されていませんね。
そうなんですよね。ジェンダーレス制服を希望する学生の中には、LGBTQやトランスジェンダー当事者もいると思います。「ジェンダーレス制服」のように、ジェンダーと紐付けるような名前が付くことで、希望する制服を選んだ学生が強制的なカミングアウトに晒される危険性も考えなければなりません。
私は全日制の高校に通い、男性用の制服を着ていました。もし私が女性用の制服を着たら気持ち悪く思われるだろうと思ったことはあります。現状、パンツスタイルからスカートの制服を選択する事例は聞いたことがありませんが、自身の望むジェンダーの制服を選ぶことで、周りの目を気にしてしまう学生はいるのではないでしょうか。
制服は学生でなければ着られない良さがある一方、着る/着ないの選択肢もできたらいいなと思います。実際、制服の着用を理由に、通信制の学校に通う当事者の学生は珍しくないので。
関連記事「【2023年版】弁護士監修、トランスジェンダー当事者が直面する問題」
トランスするために通信制の学校へ進学する当事者も
ーー通信制の学校に通う背景として、制服の他に何か考えられることはありますか?
それぞれ理由は異なりますが、通信制であれば学校に頻繁に通う必要がない点が挙げられます。高校生の時点では、元の性別で生きている当事者が多いからこそ、服装などを1から揃えなければなりません。ですが、社会人と比べると自身でお金を稼ぐ術はないですよね。
そうなった時、通信制だと夜間の高校もあるので、トランスするための時間とお金が確保できます。また、全日制の高校だと髪型まで決められているところもあるので、ルールに縛られずに済むという点でも通信制を選ぶ人は多いと思います。
ーー高校生でトランスする人は少ないのが現状ですか?
いるとは思いますが、少ないのが現状です。昔と比べると今はトランスジェンダーという存在が認知されつつありますが、私が高校生だった頃(2007〜2010年)は言葉すらも知られていなかったので、親に理解があるかはわからないという不安がありました。
理解があれば資金援助など受けられるかもしれませんが、そうでない場合は自分で調達するほかないので、通信制の学校に進学する人も少なくないと思います。
関連記事「【実体験】LGBTsの高校進学に通信制高校という選択肢はどう?」
アルバイトで貯めたお金でホルモン剤を買う
ーートランスジェンダーについての十分な情報が得られない現状で、どのように情報を収集していたのでしょうか?
私の高校生時代は、ちょうどタレントの佐藤かよさんがテレビでカミングアウトした時(2010年)でした。今までは笑い物とされていたトランスジェンダーが、違う扱われ方をしている。その時、トランスジェンダーの中でも彼女のような人もいるのだと知りました。そのことがきっかけで、トランスジェンダーという言葉を認識し、ネット上で性転換やホルモン治療について調べるようになりました。
ーーネット上で情報を収集することで、今までと変化したことはありましたか?
当時人気があった、スザンヌみさきさんというトランスジェンダー女性の方が発信しているブログをよく読んでいました。そこでホルモン剤について知り、アルバイトで貯めたお金で買うようになりました。
ホルモン剤にも種類があるのですが、当時はあまり詳しく知らなかったので、オオサカ堂のようなサイトを見て、手の届く範囲で購入していた記憶があります。
ーーホルモン剤を飲み始めた当時の心境を教えてください。
ホルモン剤を飲む前は、女性用の下着を身につけても胸のところに空間ができてしまい、やっぱり男性なんだと感じてしまいました。女装することによって、逆に自分の中に潜む男性性を感じてしまっていたんですね。ですが、ホルモン剤を飲んでから、多少体つきが女性らしくなるのを実感しました。
と同時に男性器の機能が落ちたり、副作用が出たり、急な体の変化に怖くなってしまうんですね。このままホルモン剤を飲み続けたら、男性として生きていくのも大変になるかもという恐怖心から、本当は毎日定期的に飲まなきゃいけないのですが、何回か続けてすぐに止めるようなことを繰り返していました。
関連記事「【同棲経験者にインタビュー】トランスジェンダーの住まい探しの現状とは」
0か100の生き方しかできない
ーー当時の不安を誰かに相談することはありましたか?
誰かに相談しようとは思いませんでした。カミングアウトすらしようと思えなかったのは、学生という縛られたコミュニティの中で居づらくなったらどうしようと考えていたからです。大人になれば自分の居場所は自分で探せると思うのですが、学校って気軽に変えられないじゃないですか。なので、当時は諦めの気持ちの方が強かったです。
ーーということは、学校を卒業してからなりたい自分になるための選択をしようと考えていたのですか?
トランスして自分らしく生きたいと思う反面、このままトランスジェンダーとして過ごしたら親孝行できないと葛藤していました。男として生まれたのだから、女性と結婚して子どもを産むことが幸せな人生だと思うと、トランスに思いっきり踏み切るのに気が引けてしまって。むしろ男として生きていけるのなら、全然それでも良いなと思っていたくらいです。
ーートランスしたいという気持ちがあると同時に、周りから求められる理想的な生き方をしなければならないという圧力も感じていたのですね。
大人になってトランスしたとして、どうやって生きていけるかわからなかったんですよね。ミクシィでトランスジェンダーや女装さんが集まるグループチャットに参加していましたが、そこでもトランスして一般的な企業に就職する当事者が全くいませんでした。
当時は、生まれた時に割り当てられた性別で社会的に過ごし、プライベートの時間で女性あるいは男性として過ごすトランスジェンダーが多かったです。もしくは、風俗など夜の仕事をしてお金を貯めて、手術してから一般社会に紛れ込むパターンのどちらかで、0か100の選択肢しかありませんでした。
関連記事「【当事者執筆】トランスジェンダーでトイレに困ったときどうする?どんな問題を抱えているのか?」
二丁目にトランスジェンダーがいない理由
ーー先ほど、ネット上での交流はあったとおっしゃっていましたが、他にトランスジェンダーの高校生が他の当事者と出会えるツールはありますか?
私が学生時代の頃は、リアルの場でトランスジェンダー当事者を目にしたことがなかったので、どこで出会えるかわかりませんでした。なので、情報のアクセスはネット上がほとんどでした。
【トランスジェンダー高校生の出会い】 ・もっともポピュラーなのはSNS Twitterでは、「#LGBTさんと繋がりたい」「#セクマイさんと繋がりたい」のように、ハッシュタグを使って当事者との出会いを求める人たちがたくさんいます。また、検索機能を使って当事者を探すこともできます。 ・交流目的のオフ会は出会える確率が高い オフ会は、当事者同士の交流をはかることを目的としているので、比較的参加しやすいといえます。SNSやマッチングアプリと異なり、すでに交流の場がセッティングされているため、自身でやりとりをする手間がかかりません。トランスジェンダーについて発信する「乙女塾」でもオフ会を開催しているので、チェックしてみてください。 ・健全な出会いは掲示板で 現在は掲示板などあまり主流ではないかもしれませんが、学生時代はジモティーの掲示板でも出会いがありました。ネット上の出会いは恋愛や身体の関係を目的とする人が多い中、掲示板では健全な出会いを求めている当事者の方が見られました。 |
ーーLGBは新宿二丁目で出会う人が多いですが、トランスジェンダーの方はあまり来ないのでしょうか?
女装さんやニューハーフの方は多い印象ですが、トランスジェンダーはあまり見かけないですね。ただし、チェイサー(トラニーチェイサーの略)」と呼ばれる、女装好きの人に出会うために二丁目に行く当事者はいます。
チェイサーの多くはシスジェンダーの中高年男性で、一緒にご飯を食べに行ったり、レディースの服を買いに行ったり、女性として外に出ることに勇気が出ない当事者の後押しをしてくれる側面があります。
一方で、チェイサーさんは男性らしさを残した状態の人を好む傾向があるため、当事者からは侮蔑的な言葉として使われることも。なので、二丁目に行って声をかけられたとしても、完全に女性としてみられていないのだと嫌悪感を抱く当事者がいるのも事実です。
ーー女装、ニューハーフ、トランスジェンダー女性が一概にも同じであるとはいえないですよね。
人によって捉え方が違いますね。全く違うものだという人もいれば、グラデーションの中の1つだと捉える人もいるので。実際に二丁目では趣味として女装を楽しむ人がお客さんを呼び込みしたりしていますが、それを良くも悪くもそれをネタとして面白おかしく消費するお客さんも見てきました。
だからこそ、トランスジェンダーやトランス女性界隈の人は二丁目に行きづらいのかなとは思います。トランスジェンダーの出会いは、LGBと比べてもまだまだ少ない印象がありますね。