トランスジェンダー女性の齋藤亜美さんは、1年ほど前にSRS(性別適合手術とも呼ばれる)を受けることを決意。そして9月、タイのガモン コスメティック ホスピタルという病院でSRSを受け、自分らしい姿で生きるための大きな一歩を踏み出しました。

「『SRSはあくまで人生の通過点』性適合手術を受けるまで」では、渡航前のSRS準備や生活についてインタビュー。そして連載『トランスジェンダーとして生きてきた軌跡 〜私らしく生きる選択 - 性別に違和感を持ってから私が手術を受けるまで〜』vol.7では、実際に手術を終えて1ヶ月が経過した頃の齋藤さんに、当時の心境などを聞いていきます。LGBTお部屋探し

手術までの目まぐるしい日々

ー手術のスケジュールを教えてください。

9月10日に出国しました。11日からは食事制限が開始され、12日午後からSRS本番です。手術を終え3週間ほどタイに滞在した後、10月5日に日本に帰ってきました。

SRSスケジュール

9/9

羽田空港にてチェックイン

9/10

スワナプーム空港到着

9/11

食事制限開始

9/12

午後から手術

〜9/17

入院期間

9/18

午後に退院、ホテルチェックイン

10/4

ホテルチェックアウト、スワナプーム空港にてチェックイン

10/5

羽田空港到着

ータイへ飛び立つ前の心境はいかがでしたか?

飛行機が飛び立つまで、とても不安でした。旅行に行くわけではないし、タイに着いて手術が受けられないケースも耳にしたことはあったので、1人で異国の地に行くことの想像ができませんでした。

あとは術後の痛みやいくつもの術式がある中で選んだものが正解かも分からなかったので、ひたすら漠然とした不安な気持ちがあり、一周回ってなるようになると考えるしかありませんでした。友達に羽田空港でお見送りをしてもらった時は、不安すぎて泣いてしまって……。

ータイに到着してからは?

タイに着いてからは検査や食事制限など、やるべきことに追われていたので、正直次の日に手術する実感はありませんでした。

ータイに入国後、SRSまでの生活はどのような感じでしたか?

スワナプーム空港に到着し、向こうの アテンドを担当してくださる「ソフィアバンコク」会社や病院スタッフと待ち合わせし、ホテルに直交しました。入国後3日目に手術だったのですが、1日目はホテルにとまりました。本来はそのまま病院に入院するのですが、ちょうどその日が日曜日で休院日だった関係で、外で1泊しています。

1日目は食事制限はなかったのですが、2日目からは本格的に準備が始まります。まず病院に行って、それからは流れ作業のように忙しかったです。私にとっては大きな手術ですが、病院の人にとってはこれまでに何万回も行っているので小さなことかもしれないので。

病室

まずは検査を受けて、心電図や脈を測り、問診を受けました。あとは、触診で手術する場所を確認してもらい、その後手術代金を支払い、病室に行きます。割と準備に関しては直前に行われるのが多かったですね。

ーその時の食事制限について教えてください。

その日のお昼ご飯はスープだけでした。夜ご飯はポカリスエットだけ。固形物は一切なかったです。それに加えてめちゃくちゃまずい下剤を飲み、翌朝6時から飲食は禁止。点滴につながれるだけで、手術までは何も口に含むことができませんでした。

麻酔から覚めると……

ー手術日当日の心境はいかがでしたか?

当日は同じ手術をする人が4人いて、私は1番最後でした。夕方の4時半頃の手術と言われていたので朝6時からずっと暇で、早く時間が過ぎ去らないかと思っていました。全身麻酔に備えて浣腸などはしましたが、基本やることはなかったのでYoutubeを見て過ごしていました。

あとは、アテンド会社のスタッフさんが病室に来てくれるので、話したり。多分緊張はしていたと思うのですが、全然落ち着いていました。なんだろう、地に足がついてない感じ。

手術直前の様子

ー手術の時間帯になると?

少し時間が押していたようで、呼ばれたのは17時頃でした。病室から手術室に向かい、よくテレビで見るような手術台に横になって、私の左上に麻酔をかける担当のお医者さんがいました。その人と目が合って頷いた2秒後くらいには意識はなかったです。

なので、手術のことはその瞬間しか覚えていません。全身麻酔は初めてだったので、恐怖心もありましたが、本当に一瞬で寝ていました。

ーその後の記憶はありますか?

私の場合、6時間の手術だったので夜中に終了しました。「リカバリールーム」といって、看護師さんが待機している部屋の近くで一夜を明かし、翌朝病室に戻りました。ですが、私は深夜2、3時くらいには目が覚めて、心電図の音が聞こえてきたのを覚えています。

リカバリールーム

おそらく、同室に同じ手術を受けた人が何人か寝ていて、夜勤の看護師さんがいてくれたのだと思います。目が覚めた時は下半身の患部全体が痛く、終わったんだと実感しました。痛み止めは打ってくれていたので、我慢できないほどの激しい痛みではないのですが、熱を持っているような感覚が下腹部全体に感じました。

あとは、おそらく全身麻酔の影響で左手足が結構むくんでいて痛かったのを覚えています。全身麻酔は実質、血流を止めることになるので、リンパが流れずむくむことはよくあるようです。意識朦朧としながら、動く右手で左腕をマッサージしていました。

そしたら看護師さんが来てくれて、痛いことを伝えると、追加で痛み止めを呼吸器に入れてくれて、5時くらいまでは眠れました。6時に病室に戻りましたが、ほわーっとした感じで体が動かないんです。何がどうなっているかを考える余裕がありませんでした。LGBTお部屋探し

術後の過ごし方

ーその時は自身の変化を確かめることはなかったのでしょうか?

結構気になって見る人はいるらしいのですが、私の場合は痛いし起き上がれないというのもあり、自分の幹部を見る余裕は全然なかったです。自分の目でしっかりと確認できたのは、カテーテルを取った後なので手術後10日目くらい。

見た時は特に何も感じなかったと思います。むしろ、入院中は痛みで心が折れていたので、本当に手術をして良かったんだっけと思っていたくらい……。

病院着を着た齋藤さん

ー特に精神的にしんどさを感じたのはいつ頃でしたか?

術後2、3日目です。けど、術後3日目に弊社IRISの代表 須藤さんが日本から来てくださったんです。須藤さんの顔を見た瞬間、涙が出てきました。今は普通に話せていますが、当時は腹筋に全然力が入らなくて、消えそうな声で話していましたね。

ですが、須藤さんは変わらずいつも通りのテンションで話してくれて……。私がいないIRISの状況や。ちゃんと戻って来れる場所があるから頑張りなさいと励ましの言葉をいただいたり。あとは須藤さんと一緒にFtMの方も来てくださりました。

その方とは何度か仕事をしたことがあり、すでにタイで手術をしたことのある当事者です。見舞いに来て、当時手術した時のことを話してくれ、FtMよりMtFの方が手術が大変だという点で私より泣いてましたね(笑)コロナを経て、今は検査さえすれば面会もできるので、このタイミングで来てくださって本当にありがたかったです。

執刀医のガモン先生と齋藤さん

ー痛みはどのくらい続きましたか?

今も痛みはありますね。その時々で痛みの種類が違うんです。手術の時の痛みやカテーテルが入っていることによる異物感や痛み、歩くことの痛みとか。今は寝てる時は大丈夫ですが、起き上がったり体制を変えたりする時に痛みを感じます。

腹圧がかかるとしんどいので、長時間は普通に座れません。出産した人が座るようなクッションを使うとマシだと聞いたのですが、それを使ってもまだしんどいので、立つか寝るかのどちらかの方がラクかなぁ。カテーテルが入っていると基本歩きづらく、患部が腫れていることもあり、基本ガニ股で歩くような感じです。

ーリハビリなどもあったのでしょうか?

ベッドから起きて歩いてシャワーを浴びたり、そういうリハビリをしていました。私は術後2日目からリハビリを始めたのですが、貧血でめまいもあったので、本当に歩けるようになるか疑心暗鬼で……。

点滴スタンドのようなものを持ちながら病室の中を2メートル歩くといった地道な作業をしていましたが、退院後には車椅子を使うよう言われていたところから、自分で歩けるようになりました。

あとは、体を起こして歩かないと患部が癒着する可能性もあるみたいです。動かすことによって血流をめぐらし、治りを良くするという意味でも、痛いけど頑張って歩いたほうがいいと言い聞かせていました。

退院後のホテル生活

退院時

ー退院した後はどこに滞在するのでしょうか?

病院から徒歩12分のところにある「K-Garden」というホテルに滞在しました。病院が持っているホテルで、ナースコールもついています。18日に退院して20日に病院に行き、その2日後にダイレーションをしました。

ーダイレーションについて教えてください。

MtFのSRS後に必要な膣拡張のことです。ダイレーターという拡張棒を形成した膣に挿入することで、穴が塞がらないようにします。ダイレーションルームという専用の部屋があり、そこで看護師さんが面倒をみてくださいました。

ダイレーションをしている最中の齋藤さん

なので、退院してからはカテーテルのチェックのために病院に2回ほど行くだけで、後はホテルでの生活が主でした。街には出れなくはないけど、3時間ほどで体力が限界に達してしまうので、近くのスーパーやコンビニに行くくらい。アテンド会社の方が車で送迎をしてくれたので、なんとか外出できました。

ー友達はできましたか?

たまたま先に手術していた知り合いが一人いたんです。あとは、同じアテンド会社さんで手術した人たちとも仲良くなり、一緒に買い物に行ったり、ホテルのちょっとしたスペースでビリヤードをしたり、交流ができました。

ホテルの2階にあるビリヤードスペース

交流はあるけど、かといってお互い痛みもあり寝ている方がラクなので、程よい距離感を保ちつつ……というかんじかな。

ー同じ当事者もいたんですね!

病院自体が美容整形外科なので、トランス当事者もいればそうでない人もいます。ただ、私が行ったガモン コスメティック ホスピタルはSRSで世界的に有名な病院なので、トランスジェンダーの人は多くいました。そこにいる人のほとんどがMtFでした。

ー食事制限はありましたか?

ホテルでは朝ごはんを出してもらえるのですが、そこにも食事制限がありました。手術後10日ほどはスープやゼリーといったなるべく固形物ではないものを食べ、徐々におかゆなど食べられるものが増えていきます。

買い物に行く時はアテンド会社さんに食べられるものを確認しながら食材を買っていました。一応、期間ごとに食べても良い食事が記載された書類はもらったのですが、食べられるものにも個人差があるので、お腹が痛くなったらやめたり、手探り状態でした。

ホテルの外

ー個人差というのは?

私の場合、腸を一部分切って縫い合わせるような術式だったので、基本的に腸に負担がかからないような消化の良いものを食べていました。基本的に食物繊維や刺激物はNGです。

今は術後1ヶ月経っているので普段の食事に戻す時期です。お酒も飲んで良いと言われていますが、まだ痛みも取れていないので一切飲んでいないです。日常に近づいてきたら、お酒やご飯にもチャレンジしようかなと!