なぜトランスジェンダーのホルモン治療は保険適用外なの?

どうも、空衣です。FtMでパンセクシュアルです。

身体を変えようとしているトランスジェンダーの人や、あるいは身体が変わったあと維持しようとしている人には、ホルモン治療が欠かせない方もいらっしゃいます。しかし、2020年現在「ホルモン治療は保険適用外」となっています。
身体変化を望むトランスジェンダー当事者(医学的に診断された場合は「性同一性障害」と呼ばれます)が生きていくためには大切な治療です。

今回は、ホルモン治療と保険適用外である理由について掘り下げていきたいと思います。

トランスジェンダーが求めているもの

自分が身体を変えようと決意したとき、最も心配したことの1つがお金の問題でした。
治療を希望するトランスジェンダーの方の中で、多くの方が心を悩ませている共通の話題は、やはり治療費だと思います。

現在、身体移行のために必須のホルモン治療は保険適用外です。生きるために必須の性ホルモンを、すべて自費でまかなう必要があります。(戸籍変更しなければホルモン治療はすべて自費扱いです。)
仮に2週間に一度のペースで投薬が必要だったとして、一回当たりの費用は
1回890円の注射を2週間に1度のペースだと、1年で24,030円。80歳まで生きると仮定して60年間打ち続けると、ホルモン治療だけでざっと144万円はかかる計算です。なお同時に血液検査も推奨されるため、その分の費用や、別途他の診察代がかかる場合もあります。

もちろん、投与の頻度が『毎週か、隔週か、1ヶ月に一回か』、『病院が充実している都市部か、そうではない地方か』、『一回ずつ通うパターンか、ホルモン剤を購入して自己注射するパターンか』、など様々な条件があるので金額は一様ではありません。
いくつかのクリニックHPを見る限りだと、1回あたり1000〜3000円が目安となるようです。

参考までに、自分の場合は以下のような金額となっていました。都内のクリニックでは別途診察代がかかっていました。
都内の有名クリニック: 125mg一回890円(自費、頻度は2週間に一度、診察代込みで2,100円程度)
地方の婦人科: 10回分で9,240円、一回あたり924円(5ヶ月分まとめて購入して自宅で自分で打っていた)

もちろん生まれ持った身体のまま生きていくトランスジェンダーの方もいますが、そうでない方にとっては金銭援助、生涯摂取し続けていく可能性のある「ホルモン治療が保険適用となってくれること」が重要な問題だと思います。

ホルモン治療に健康保険が効く場合もある。ただし制度上は不十分。

ただし一部例外として保険適用となる場合もあります。
ホルモン治療をするより先に性別適合手術をする場合は、健康保険が適用できることがある(※1)のですが、
身体への負担考慮し、ほとんどの場合、先にホルモン治療を行い、後から生殖器摘出を行うため、このシステムはほとんどの人にとって意味を為しません。
また、生殖器の手術を終えて戸籍変更した場合でも、保険適用になるか否かはグレーゾーンというのが現状のようです。(※2)

なぜ生殖器摘出後は保険適用になることがあるのかというと、病院によっては「卵巣機能不全」や「男性性腺機能不全」等と解釈される(※3)ことがあるからです。
つまり「性同一性障害」という診断名では薬が出ませんが、例えばFtMの場合、「戸籍上も正真正銘男性なのだから、男性に必要なはずの男性ホルモンが自分では出ないのは『男性性線機能不全』という病気なので、保険適用して男性ホルモンを投与する」という病院側の倫理的な配慮に基づく診断という状態のようです。

つまり戸籍変更した場合でもホルモン治療が自費か保険適用かは曖昧なのです。

※1 保険適用1年で4件だけ 性別適合手術、学会まとめ | 日経新聞

※2 ナグモクリニックの問答では以下のように表現されている。
「Q. 戸籍変更後は保険適応になりますか?
A. 保険適応の可能性はありますが、一度お問い合わせください。」

※3山本 蘭の活動日誌 Reboot

トランスジェンダーが行なうホルモン治療とは?

トランスジェンダーとは、割り当てられた性別と体感する性別が異なる状態の人を指します。
男性なのに生まれ持った役割が女性だったというFtMの場合は、自身の性別の違和感を軽減するために男性ホルモン(テストステロン製剤)を摂取することがあります。それにより、筋肉質になったり声変わりが起きたりと、男性的な身体を得ることができます。
逆に、女性なのに生まれ持った役割が男性だったというMtFの場合は、女性ホルモン(卵胞ホルモンや黄体ホルモンなど)を摂取することで肌質が変化したり胸が膨らんだりと、女性的な身体を得ることができます。どちらも望んでいる身体性に近づき、生きやすくなることが治療の目的です。

まれなケースですが、Xジェンダー(身体的性に関係なく性自認が男性にも女性にもあてはまらない人)が男性ホルモンも女性ホルモンも投与して、自身の生きやすい身体へと調整していることもあります。

ホルモン治療を保険適用にできない理由

ホルモン治療がなかなか保険適用にならない理由は、大きく分けて2つ指摘されています。
1つ目はホルモンの効果と安全性に関しての正確なデータが集めにくいという点です。
もう一つは、大きな役割を果たしてくれるはずの製薬会社の儲けには繋がらないからです。

出展:
針間克己『性別違和・性別不合へ』
p119-120 (3)ホルモン療法はなぜ保険適用されない

GID学会の山本蘭さんのTweet

例えば自分の場合は、ひと口に「男性ホルモン注射を2週間に一度打っている」といっても、実際には誤差があります。
男性ホルモンの種類が「エナルモンデポー筋注125ml」でしたが、自宅の引っ越しのため別の病院に転院した際に「テスチノンデポー筋注125ml」という別の種類になってしまったり、注射の周期が10日〜3週間まで誤差がある時期もありました。注射にいけないときは、塗り薬で補充した時期もありました。

いくつもの薬を使用したり周期が不安定になってしまうと、データとしては不適切になるのでしょう。「男性ホルモンを摂取すると大体こんな変化があるよ!」という報告はできても、「エナルモンデポー筋注125mlだけを必ず2週間に一回取りつづけた場合は?」と言われると、特定の薬剤に関するデータは国内外合わせてもまだまだ乏しいということです。

医学的情報を集めるためには、莫大なお金がかかることになります。しかしホルモン剤を生成する製薬会社にとっては、トランスジェンダーというごく少数の人のために莫大な費用をかけて研究するというリスクを取りたがらないことが予想されます。

公共機関がホルモン治療を受けさせないという差別も

上記のようにホルモン治療は保険適用にならないことで、ホルモン治療の重要性の理解が進まないという問題が生じています。

ホルモン治療の重要性が認知されていないために、差別的扱いが生じることも現実にありました。

以下の記事で『刑務所に入ったトランスジェンダーの人がホルモン治療を受けられない状態になって苦しんでいる』という報告がなされています。
「刑務所での女性ホルモン剤は権利なのか……」性同一性障害の32歳受刑者が直面する肉体的現実

上記では、国側がトランスジェンダー女性にホルモン投与を認めない理由として、「ホルモン剤の服用を望むのは、ホルモンバランスを整えるためではなく、女性としての外見を保つ美容目的で、収容施設での医療水準を超えている」と指摘した、と書かれています。
必要な性ホルモンが保てる状態にすることについて、地裁も「収容施設に入った人が一定の不安感を抱くことについては(誰でも)やむを得ない面がある。女性について収容生活上著しい支障が生じているものとは認められない。」と判断したとなっています。
つまり、トランスジェンダーがホルモン治療を受けられないのは「やむを得ない」ことであり、「収容生活上著しい支障」には当たらないという司法の判断がなされたということです。

これは、無理解に基づくトランス差別と明確に言えるのではないでしょうか。「トランスジェンダーのような少数者は例外的存在であり、例外的存在には配慮する必要がない」と言っているのと同義です。

刑務所に限った話ではなく、トランスジェンダー女性が東京出入国在留管理局にて差別的な扱いを受けている事態に対して、以下のような署名活動も行われています。
「東京出入国在留管理局に収容されているトランス女性のパトさんに、一日も早く仮放免許可を出し、無期限収容及び差別的な処遇という人権侵害から解放してください」

確かにホルモン治療をする必要がなくても、生きていける人たちにとっては想像し難いのかもしれません。
とくに受刑者、不法入国の疑いがある人などは、この国ではより人権が軽んじられやすい状況にあるのも事実でしょう。

しかし、切実に治療を必要としている人たちがいるということは、忘れてはならないことですし、正しい理解が進むことを切に願います。
自分自身、最近では災害時のトランスジェンダーの社会的待遇はもちろんのこと、ホルモンが足りなくなったらどうしよう?と身体のことが気になっています。

“あるがままの自分でいられるために”身体への変化と維持を必要としている人たちが現実にいます。その大切さを是非ご理解頂きたい思います。

チェック → トランスジェンダーの悩み解消に役立つ記事まとめ~FtM&MtF向け~

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◎この記事を書いた人・・・空衣
1996年、神奈川県生まれ。性別も住処も旅してきました。

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