トランスジェンダー当事者の中で、職場でカミングアウトして働いている割合は非常に低いことがわかっています。職場の同僚や上司に自身がLGBT当事者であることをカミングアウトしている人は全体の17.6%にとどまっています。つまり、約8割以上のLGBT当事者が職場でカミングアウトしていないということです。

また、トランスジェンダーの求職者の70%が企業や職場で困難を感じているという調査結果があります。これらの調査結果から、トランスジェンダーに関する会社や個人の理解が十分でないこと、カミングアウトしにくい環境があることが伺え、多くのトランスジェンダーの人々が職場でカミングアウトすることに困難を感じていることが推測されます。とはいえ、職場は人生の大半を過ごす場所です。自分の過ごしたい性別で働きたいと考える当事者は多いのではないでしょうか。

そこで『トランスジェンダーとして生きてきた軌跡 〜私らしく生きる選択 - 性別に違和感を持ってから私が手術を受けるまで』vol.15では、トランスジェンダー女性の齋藤亜美さんにインタビュー。IRISで女性として働くまでの話をしていただきました。

参考:auじぶん銀行株式会社「LGBT当事者をとりまく就業環境の実態調査」、JobRainbow「企業で働くLGBTQ+の職場課題とは?【働く当事者監修】

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「トランスジェンダーの理解があると感じた」IRISとの出会い

ーIRISでの就職を決めたきっかけは何ですか?

就職する1年以上前から女性として働ける良い転職先があればと考えていました。その準備の中で髪を伸ばしたり、ホルモン注射を始めたり、友人にカミングアウトしたりしていました。その時からLGBTQ+フレンドリーな求人サイト「JobRainbow」のサイトを定期的にチェックしていて、その中でアイリスの募集を見つけました。

ーさまざまな会社がある中でIRISで働きたいと思ったきっかけはありますか?

IRISを選んだ理由は2つあります。まず、営業職であること。これまで不動産業界では働いたことはありませんが、営業の経験を活かせると感じました。そしてもう1つは、トランスジェンダーとして働ける環境が整っていることです。会社がトランスへの理解があり、自分の特性を活かせると思いました。

ー条件に合う職場を見つけるのは大変でしたか?

転職活動は1年半ほど続けていましたが、かなり大変でしたね。4〜5年前の時点でトランスジェンダーの認知度はまだ低く、職務経歴書や履歴書に「トランスジェンダー当事者です」と記載して応募していましたが、多くは書類審査で落とされました。面接まで進めることは少なかったです。また、トランスジェンダーとして働ける環境が優先されるため、自分の経験やスキルを活かせる仕事を選ぶのが難しかったです。

企業が多様性に取り組んで表彰される「work with Pride」という認証を受けている企業も調べて応募しましたが、営業職のような外勤のポジションでは難しいと感じることが多かったです。見た目や声が原因で相手に違和感を与えてしまう可能性があるため、内勤のポジションに限定されることが多かったように感じます。IRISとのご縁ができたのは、こうした試行錯誤の中での偶然でした。

あとは、ちょうどコロナ禍だったこともあり、企業の採用が減少する中での転職活動でしたが、前職がリモートワークに切り替わったことで、転職活動に専念できたのは助かりました。

カミングアウトしながらの転職活動

ーこれまでの転職活動との違いはありましたか?

男性として働いていた時の転職は、特に問題はありませんでした。しかし、男性として働いている状態から女性として働くための転職はとても大変で……。まず、当時は普段から女性として生活しているわけではなかったので、自分が女性に見えているのか不安だったんです。

例えば、平日に仕事を終えてから面接に行く場合、男性のスーツを着ているので、女性用のスーツに着替える必要がありました。そんな日は、駅のコインロッカーに面接用の女性用スーツやメイク道具を入れておき、仕事が終わったらそれに着替えて、夜の7時や8時に面接に行くということもありました。

ですが、IRISの面接はちょうど私が休みの日に設定してくれたので、その点は本当に助かりました。代表の須藤さんとCOOの石野さんが面接をしてくれたことを覚えています。

ー面接時にトランスジェンダーであることについて話しましたか?

はい、面接時にトランスジェンダーであることは伝えていました。IRISの前の職場がシェアオフィスだったため、トイレの利用についても運営側に相談してくれていたようです。また、将来的に性別適合手術を考えていることについても話し、会社側がその際の対応を一緒に考えてくれるという話をしてくれました。

ジェンダーやセクシュアリティについての話題が増えた

ー実際にIRISで働いてみて、これまでの職場と違うと感じましたか?

職場環境としては、一般的な会社とそれほど変わらないと思います。ただ、IRISのメンバーはトランスジェンダー当事者であったり、理解があったりする人が多いので、オープンでいられることがとても良い点です。

以前の職場では、ジェンダーについて話題にすることはほとんどなく、みんながどう思っているのかもわかりませんでした。だからこそ、ジェンダーに関するモヤモヤが常に頭の片隅にあり、自分の悩みを話しづらいという状況がありました。

でも、IRISではそうした話題を共有し、相談できる環境があるのが素晴らしいと思います。これは、当事者や理解ある人がいるからこそできることだと感じます。

ー過ごしやすさに繋がる要素は何だと思いますか?

一番大きいのは、理解しよう、知ろうとしてくれる姿勢だと思います。私自身もトランス以外のことはわからないことがあるので、それぞれの悩みやプライベートな部分も含めて、しっかりと聞いて理解しようとしてくれることが重要です。

例えば、トランスジェンダーだからこその悩みや、生活や仕事において困ることをきちんと理解し、一緒に考え、話し合える環境があることが過ごしやすさに繋がると思います。

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「個」としてお客様と向き合う

ー逆にこうしてほしいと伝えたことはありましたか?

特になかったと思います。男性として働いていた状態から女性として働くことに必死で、自分のことで精一杯でした。自信がなかったので、まだ大丈夫かなと色々心配していましたね。

ーIRISにはいろんなセクシュアリティの方がいると思いますが、トランスジェンダーに関しては他のセクシュアリティと異なると感じることはありますか?

あまり関係ないように感じます。それよりも、個々の人間としての立ち位置が重視されていると思います。例えば、私は私、須藤さんは須藤さんというように、セクシュアリティやジェンダーよりもその人自身を尊重する雰囲気があります。

ーそういう意味では担当するお客さんも同じセクシュアリティで振り分けられることはないのでしょうか。

そういう場合もありますが、基本的にはあまり関係ありません。お客様とのやり取りにおいて、セクシュアリティやジェンダーは関係なく、私の得意な分野で対応しています。なのでお客様がトランス当事者だからといって、必ず私が担当するわけではありません。

「自分らしさ」とは?

ー職場で自分らしさを出していくための秘訣はありますか?

まず、その環境にもよりますが、2つのアプローチが考えられます。1つ目は、自分で理想の環境を作り上げること。もう1つは、既に自分に合った場所に飛び込むことです。どちらにしても、自分で積極的に環境を整える必要があります。周りの理解を得るためには、自分から伝えないとわからないことも多いです。

そのうえで重要なのは「人間力」だと思います。人間力があれば、自分に合った環境を見つけたり作り出したりする可能性が高まります。結局、人として素敵であれば、ジェンダーやセクシュアリティに関係なく受け入れられることが多いと感じます。

ー働くうえでの自分らしさとはどういう状態ですか?

自分らしさについては、企業によっても異なる解釈があると思いますが、私にとっての自分らしさは、仕事に集中できる環境であることです。例えば、職場で「結婚しないのか」と言われるような状況は、自分らしく働けない環境の一例です。逆に、パートナーシップを取得した際に祝金が支給されるような企業は、自分らしく働ける環境といえるでしょう。

なのでセクシュアリティやジェンダーに関する悩みがなく、ストレスフリーで働ける職場は大切です。私は自分らしく働くためにも後悔のないように毎日を大切に生きようと思いますね。「明日死ぬかもしれない」と思って、やり残しがないように毎日を全力で生きることです。