トランスジェンダーの就労における問題はとても深刻なものです。「LGBTと職場環境に関するアンケート調査 niji VOICE 2020」によると、トランスジェンダーの17.3%が就業していないという調査結果が出されました。

また、ショーン・フェイの『トランスジェンダー問題』は、セックスワーカーにトランスジェンダーの人が多いことを指摘。英国では、トランスの人口は1%に満たないものの、セックスワーカーの4%を占めるといいます。IRISで働くトランスジェンダー女性の齋藤さんも、大学時代に夜の仕事をしていた当事者の1人です。

『トランスジェンダーとして生きてきた軌跡 〜私らしく生きる選択 - 性別に違和感を持ってから私が手術を受けるまで〜』vol.9では、トランスのセックスワーカーが多いとされる背景を、齋藤さんの大学時代を辿りながら聞いていきます。LGBTお部屋探し

男性としての幸せを獲得すべきか…

ー大学時代はどのように過ごしていましたか?

明治大学商学部商学科に入りました。受験の時は1人暮らしができるような距離にある大学に通ってトランス(性別移行)するか、将来に向けた受験勉強をして大学に入るか、この2つの選択肢で悩んでいました。

1人暮らしができれば夜職で貯めたお金でトランスできるし、親からも何も言われなくなるとは思いましたが、トランスすることを優先しすぎて勉強できなくなったらダメだなと思い、結果的に後者を選びました。勉強を頑張ってみて無理だったら、地方の大学に行っても良いなと考えていました。

結局、一浪して明治大学に合格し実家から通うことに。高校の延長で大学時代もホルモン剤を飲んだり飲まなかったりを続けていました。ホルモン剤を飲むと乳腺が発達して、胸が痛くなるので、飲まなかった時期もあったんです。そんなのを繰り返しているうちに、自分何しているんだろう……という感覚に陥っていました。

ー難関大学に入学し、自分の将来について考えることもありましたか?

男性として生まれているから、しっかり稼いで家庭を築き、親に孫を見せてあげなければならないという気持ちはありましたし、それが一般的な幸せのあり方なんだろうなと思っていました。

ープレッシャーを感じることは?

正直なかったです。ただ、勝手に自分で責任を感じていたというか。私はお姉ちゃんしかいないので、長男としてしっかりしなきゃいけないという気持ちが強かったんでしょうね。

あとは、一応名の知れた大学に行かせてもらっている分、なんとなく周りからは将来うまく行くだろうという期待はあったかもしれません。なので、女性として過ごしたいと思う反面、世間的には男性としての幸せを掴みに行く方が良いのかと葛藤していましたね。

自由が増えるからこそ見える世界

ー自身のセクシュアリティとはどう向き合っていたのでしょうか?

高校生の時と変わらず、自分の性別に関しては割り切っていました。ただ、大学は今までと違って校則がなく、ショートヘアでいる必要もなかったので、性表現は女性寄りになっていった気がします。

ーなりたい自分に徐々に近づいていった?

なりたい自分に近づけられるようになった部分も増えましたが、男性の体で生まれてきて男性として成長しているから、中高の時に比べると髭が生えてきたりと男性的な特徴が出てくるわけです。

女性として社会に出たい気持ちはありましたが、当時の私からするとそこには全然到達してなくて。虚しいというか、やるなら思いっきりやらなきゃダメだと感じていました。

ー当時の悩みは周りに話していましたか?

正直、トランスの友達はあまりいなかったので話さなかったです。二丁目にも女装さんはいますが、トランスの方はあまりいないので、X(旧twitter)で同じ当事者と知り合ってやり取りするくらいでした。なので、ほぼ1人で抱え込んでいた感じですね。

ただ、私の場合はバイトで稼いだお金を使って洋服やメイク道具を買い、休日は女装して外に出ることが多かったのでそれがストレス発散になりました。

ー相手にとってこれまでとは違う自分を見せることで、人間関係が崩れてしまうかもしれない……という不安はありますよね。

めっちゃわかります。だからこそ、私は大学では男性として入学し男性として友達と接している中で、その人間関係が崩れたら大学にはいられないと思いました。

LGBの場合、ほとんどが人に言わなければセクシュアリティは知られない側面がある一方、トランスは見た目でわかってしまうことが多いので、やるなら全ての縁を切って振り切るしかないと。そのくらいの覚悟がなきゃ誰かに話すのは難しいと感じていましたね。

ーなりたい自分になるための模索をしていた時期だったんですね。

そうですね。大学時代は風俗で働いていたのですが、お店が部屋をいくつか持っているため、住み込みや泊まり込みOKの場所が多くあります。なので、当時は働きながら泊まり込めば、親にも一切会わずに女装ができると思っていました。LGBTお部屋探し

トランスジェンダーがセックスワークに辿り着く理由

ー風俗で働くようになったきっかけはありますか?

住み込みで働ける点と同じMtFの先輩がいたからです。実家だとメイクなどは見よう見まねでやるしかなかったので、先輩に聞ける環境があったのは良かったなと。あとは先輩からメイク道具や洋服をいただいたり、おすすめのブランドを教えてもらったり、そこでは隠さずに女装できるので自己肯定感は上がりました。

ー身近に自分と同じMtFの方がいることが、自信に繋がったということですね。

当時、トランスジェンダーというと、ニューハーフや女装という立ち位置でメディアに映し出されていました。テレビで見るようなスタイルが良く綺麗な彼女たちに憧れていた部分はやはりあって。実際に風俗の仕事を始めて、綺麗な人や可愛い人たちに話を聞けるのは、貴重な機会だなと感じていた記憶があります。

また、働くとなるとどうしてもコミュニケーションが必要となるので、ニューハーフやトランスジェンダーを知る人たちがいる環境で声を気にせず働ける点は大きかったです。ただ、お店にはチェイサー(トラニーチェイサーの略。女装好きの人)さんも来るので、私がなりたい自分と向こうが求めてる自分の乖離はありました。

ーチェイサーから求められる自分とは、具体的にどのようなものだったのでしょうか?

良くも悪くも「女性の見た目で男性器がある」ということに性的な魅力を感じる人が多いです。なので、働く人の中には仕事だからと割り切る人もいますし、それを武器にするためにホルモン治療を止めた人もいます。

ただ、風俗で働くということは消去法であり、私たちに与えられた選択肢はそれしかなかったのかなと思います。

職業の選択肢

ー自分が希望する職場で働くのは難しい現状があると。

そうですね。多くのMtF当事者は、見た目は女性なのに声は男性という点で2度見されることも少なくなく、周りの反応に敏感な方が多いんですよね。大学生だとまだ20歳前後とメンタルも仕上がっていない時期なので、ストレスを感じてしまうことはあります。

このようなことが理由となり、バイトに受からない当事者もみてきたので、結局ストレスを感じずに自分らしくいられる場所を探していくうちに、水商売系に辿り着くケースは全然珍しいことではありません。

ー自分がやりたいからその職業に就く当事者の方は少ない印象ですか?

単純にセックスワークが楽しい人もいれば、嫌だけど割り切ってやっている人もいて、個人によって動機は異なります。私の場合は、この仕事しかないと思っていました。

風俗のお仕事をしながらも、良い大学に入学したからいずれはこの業界を抜けて、一般の企業で働かなきゃいけない。だからといってその企業が自分に合うかはわからない。のような葛藤はあり、常に2人の自分がいた感じでした。

ー当時、セックスワークに従事していた時のメンタルの状態はいかがでしたか?

私の場合、悩みを打ち明けることは難しかったのですが、風俗で稼いだお金で着たい服やメイク道具を買ったり、男性と遊びに行ったりなどしてストレスを発散していました。

なかなか経験できないことや学んだこともあったので、個人的にはセックスワークを完全否定する必要はないのかなと。一度やってみて、働けると思えば続けたら良いと思います。

ー現在は、セックスワーク以外で気軽に当事者が働ける場所は増えたと思いますか?

今だと「コンカフェ」が増えているんじゃないですかね。MtFとはまた別にはなりますが、「男の娘(娘に見える可愛らしい男子)」が働くコンカフェはよく目にします。なので、風俗以外でも働ける選択肢は昔よりは増えていると思いますね。

ートランスジェンダーコミュニティにおいても居場所は徐々に増えている印象ですか?

そうですね。昔はトランスの方とは友達の繋がりで会うケースが多かったので、それに比べると今はSNS上で簡単に出会うことができるのかなと。Xだとハッシュタグでトランスコミュニティや当事者を検索すれば出てくるので、自分のセクシュアリティを隠している人でも別の居場所を作るハードルは低くなったと感じます。