トランスジェンダー当事者の中には、ホルモン治療を受ける人も多く見られます。ホルモン治療によって、自身の自認する性別に近づいた体つきや性徴を身につけられるのです。
男性ホルモンは、筋肉量の増加、体毛の増加、声の低下、月経の停止などを促し、女性ホルモンは、乳房の発達、体毛の減少、皮下脂肪の増加など、体の変化が起こります。
このように「なりたい自分」に近づく過程として、ホルモン治療は広く知れ渡っています。一方で、ホルモンバランスの変化により生活や精神面に支障をきたすこともあるそうです。
『トランスジェンダーとして生きてきた軌跡 〜私らしく生きる選択 - 性別に違和感を持ってから私が手術を受けるまで』vol.12では、トランスジェンダー女性である齋藤亜美さんをゲストに迎え、自身のホルモン治療にまつわる経験を伺いました。
ホルモン注射を始めた頃
ーホルモン治療を始めたのはいつでしょうか。
私がホルモン注射を始めたのは高校生くらいの頃でした。その時は、ホルモン錠剤というのを海外から個人輸入し、たまに注射も打ちに行っていました。
本格的に始めたのは25歳くらいの時。本格的というのは、いわゆる今とほぼ同等のやり方、期間、量のことです。なので2週間に1回、定期的に打ちに行っていました。
ー頻度は2週間に1回が一般的ですか?
2週間に1回が1番多くて、次に1週間に1回ですかね。その理由としては、注射を打つことでホルモンが体に循環するのですが、ホルモンというのは一生残るわけではなく老廃物と一緒に体から出てしまうのです。
大体1週間から10日でホルモンが出てしまうと言われているので、本来であれば適正な量を細かく打つのが理想的ではあります。ですが、高頻度でクリニックに通うのは大変なので、2週間に1回少し多めの量を打つ人が多いです。
ー大体どのくらいの量を打つのでしょうか。
注射の容器をアンプルと言うのですが、ホルモン注射の場合は1〜2アンプルを打ちます。私の場合は、2週間に1回なので2アンプルと多めです。
コロナのワクチン注射を打った人はわかるかと思うのですが、その倍以上の量を筋肉注射で打つので、結構痛みは感じます。
ホルモン注射による体調の変化
ー本格的にホルモン注射を始めたきっかけを教えてください。
ホルモン注射を本格的に打ちに行く25歳までは、トランスとして生きていく自信がなかったので、騙し騙しでたまにやっていました。今より低頻度でしたが、それでも胸が張ったり、体の変化を感じて少し怖く感じてしまって。
ただ、カミングアウトをして女性として生きることに振り切れた時、中途半端にやっても変わらない。それなら振り切ってやろうと思い、適切な頻度と量でホルモン注射を打ちに行くようになりました。
ー齋藤さんはSRS(性別適合手術)も終えられましたが、SRS後にもホルモン注射は定期的に打たないといけないのでしょうか。
そうですね。半永久的に打たなければなりません。そうしないとホルモンが全く出ない状態になるため、体調を崩す可能性があります。ホルモンバランスが崩れると、頭痛や倦怠感など副反応が起こるため、暴飲暴食してしまうケースもあるそうです。
だから、私自身も時期によっては頭がぼーっとしてしまう時もあります。私は比較的副作用が出ない方ですが、もっと症状が重い人もいるので個人差はあるのかなと。ホルモン濃度のバランスの変化で体に起こる症状としては、生理の症状と近いんじゃないかなと思っています。
ーホルモン注射を打った2週間の間に体の変化を感じることも?
ある時とない時があります。今はだいぶ胸の張りは感じなくなりましたが、注射を始めた当初はずっとしこりがある感じでした。私はホルモン注射を続けることで乳腺が発達し胸が大きくなっていったのですが、逆に全く発達しない人もいます。私の場合は胸に顕著に現れたという感じです。
メンタルが落ちてしまうことも
ーホルモン注射を始めてから、気持ちの変化はどうでしたか。
やると決めたので、ホルモン注射を本格的に打ち始めてからは大きく揺らぐことはありませんでしたが、最初の半年くらいは精神的に大変でした。始めた頃は手術前だったため、男性ホルモンと女性ホルモンのバランスが崩れ、2週間ごとに精神が不安定になりました。
その時期は男性として友人の結婚式に出席したりしていましたが、「おめでとう」と思う一方で、自分にはこんな幸せは一生来ないんだなと思い、帰り道に落ち込んだりしました。子供も嫌いで、若い夫婦を見かけると「手術をしたら子供を授かることはできない」とネガティブになることもありました。
そんな風に思っている自分が大丈夫なのか不安になり、友達の家に夜中に押しかけて、インターホンを何度も押したりすることもあって。それは、生理前にイライラする女性がいるように、ホルモンバランスの影響があったと思います。
ー体調だけでなくメンタル面にも影響があったんですね。
りゅうちぇるさんの件でもホルモン注射のせいで自殺したという話がありましたが、これは個人差があると思います。もとの精神状態によって差が出ると思うからです。私の場合、当時はメンタルが敏感になっていたため、余計に感情が不安定になりやすかったのだと思います。
治療を受けるまでの流れ
ーここからは医療面でお話を伺いたいです。ホルモン注射を受けるには、医師による診断が必要となるのでしょうか。
厳密に言うと、必要なところとそうでないところがあります。私が最初に打っていた場所は、病院ではなく美容クリニックでした。そこではホルモン注射を受けるのに診断書は必要なかったのですが、女性ホルモンが増えることで男性機能に影響を及ぼす可能性があることの承諾する一筆を書いた記憶はあります。
ー診断書が必要な場合とそうでない場合の違いはありますか?
女性ホルモン剤を男性に投与する理由として、性同一性障害の治療に用いるという証拠が欲しいから、診断書を出してもらう必要があります。ただ、中には一筆書きで済ませてしまう場合もあります。
病院によっては、定期的に血液検査を行うのがルールとして決まっているところもあれば、年に1回自分で血液検査を希望するところもありますし、全く検査をしないところもあります。正式な治療手順を踏むのであれば、まず診断を受け、同じ病院で継続的に治療を行うことが推奨されます。
しかし、実際にはその手順を踏んでいると生活が難しくなることもあり、他の人たちもグレーゾーンで治療を始めることが多いです。多くの人がそうした状況でホルモン注射を始めているのが現状としてあります。
ー病院でいうと何科になるんですか。
内科です。更年期障害を扱う内科系のところではホルモン注射をしている場合が多いです。あとは産婦人科ですかね。
ー費用はどのくらいかかるのでしょうか。
自由診療になるので全額自己負担です。今は大体相場だと1アンプル2000円ほどと言われていて、私は2アンプル使うので1回4000円くらい。毎月通うので、交通費を入れると1万円くらいは使っているのかなと。
ホルモン治療に保険は適用されない?
ートランス当事者がよく通うクリニックや病院はありますか?
例えば、新宿御苑にある花園医院はとても有名で、多くのトランス当事者が通っています。こういった情報は当事者間でも共有されているので、おすすめされた病院やクリニックに通う人が多い印象です。
ですが、中には診断書を持っていても対応していない病院があり、近くの病院に行くというよりも、治療を受けられる病院に足を運ぶことが多いです。私自身も片道1時間かかる新橋の病院に通っています。
ーホルモン治療を行う病院では、トランス当事者に向けた配慮もされているのでしょうか。
特段の配慮があるかどうかというと、特にないように見受けられます。私もあまり多くの病院に行ったわけではないので正確には分かりませんが、良くも悪くも他の一般的な病院と変わらないように感じます。
トランスの人だけ別の対応するとなると、それはそれでいづらさを感じてしまう人もいると思います。これは、私がトランスの人があまりいない病院を選ぶ理由の1つです。あとは、当事者同士のいがみ合いもあったりして、パス度が高い人や手術を終えた人が妬まれることもあり、個人的には当事者がいないところに通う方が楽です。
ーホルモン治療において改善してほしい点はありますか?
保険適用されるようになったら嬉しいです。保険が適用されることで自由診療ではなくなるため、費用面で負担が減ります。また、近くの病院でもホルモン注射を受けられるようになるのもメリットだと思います。でも、それを実現するためには法律が変わらないといけないと思います。
社会が変わるのを待っていると自分たちは年を取ってしまうので、今できることをやっていくしかないのかなと。会社での負担やサポートがあったら良いとも思うのですが、それがあると他の人から「トランスだけずるい」と思われるかもしれません。そういう点では、わがままなのかなと感じることもあります。