どうも、空衣です。トランスジェンダー男性(FtM)であり、パンセクシュアルです。
先日、LGBTQの人たちに示唆的な映画『手のひらのパズル』を鑑賞しました。 俳優として活躍している黒川鮎美さんは、音声アプリ「クラブハウス」で様々なLGBTQ当事者から話を聞くなかで、この映画を撮ることに決めたそうです。
なんと初の映画制作で、脚本・プロデュース・監督・編集・主演を務めました。 そんな強い決意からできた本作は、いったいどんな作品なのか。そこから何が見えてくるのか。お話ししていきます。
初めに |
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IRISでは、あらゆるマイノリティが暮らしやすくなることを目指すという意味から「LGBTs」と表記していますが、今回は一般的な「LGBTQ」について解説するため、表記が混在しております。 |
『手のひらのパズル』の作品情報
『手のひらのパズル』は26分間の短編映画です。 公式サイト: 手のひらのパズル 「同性婚(結婚の平等)の実現をテーマにした映画を制作します!!」とクラウドファンディングで資金を募り、制作が実現しました。
2022年に各地で上映開始し、第15回関西クィア映画祭でも上映されました。 ネタバレのない範囲で、『手のひらのパズル』のあらすじをご紹介します。
舞台は、石川県の金沢。そこで生まれ育った梨沙(黒川鮎美さん)と匠(竹石悟朗さん)の日常が描かれます。周囲に祝福され、同棲する男女の2人は、一見すると幸せそうに見えます。しかし、しだいにズレが生じていき、「これは本当に幸せなのだろうか?」と立ち止まるようになります。
梨沙が望んでいるのは、「異性と結婚して、孫の顔を親に見せること」ではありませんでした。 主要な登場人物を紹介していきます。
山口梨沙 | 金沢で生まれ育ち、現在は会社勤めをしている。作中で性的指向(どんな性別に惹かれるか)は明示されていない。 |
鈴木匠 | 梨沙の恋人。兄のように、惰性で結婚生活を送りたくないと考えている。 |
佐々木真子 | 梨沙の友人。梨沙に好意を寄せている。 |
山口紀子 | 梨沙の母親。孫の顔を見られる日を楽しみにしている。 |
清水一男 | 不動産屋。梨沙が同棲する際の部屋探しを2回手伝う。 |
なお、映画にはキスシーンが出てきます。苦手な方はご注意ください(この記事では取り扱いません)。
地方都市で生きるLGBTQ
まず、『手のひらのパズル』の舞台が金沢であることに注目してみましょう。中心部は観光で賑わうことがあるとはいえ、北陸に住んだことがある筆者からすると、地方都市の閉塞感がうまく表現されていると感じました。 ある程度選択肢は充実していて、なんでも選べるふうに見えます。
作中でも、梨沙と匠のカップルは素敵な家に住むことができています。しかし実際のところ、「こうあるべき」という価値観は固定化されていて、決して自分では選べないような環境があります。ちなみに、北陸は晴天が少なく曇っている日が続くので、映画での明暗の使い方も心情に迫ってきます。だからこそ、「周りの目を気にして生きることない」というメッセージには、励まされる方も多いのではないでしょうか。
金沢市は、保守的だといわれる北陸で初めて「パートナーシップ宣誓制度」が導入された市です。明るい未来を示唆する映画のラストは、もう少し観ていたかったです。 日本国内では、LGBTQにまつわるイベントや当事者運動をする際に、そのメインは東京や大阪に偏ってしまいがちです。
それ以外の地域に住んでいると、悩みを共有する相手もあまりいないため、自分だけがおかしいのではないか?と不安な日々を送る人もいるでしょう。だから『手のひらのパズル』が描いたリアリティや、同性婚(結婚の平等)の実現への行動は必要なものなのです。 おすすめ本:『「地方」と性的マイノリティ 東北6県のインタビューから』(青弓社)
同性婚ができない問題点
日本では、戸籍上異性であれば婚姻でき、さまざまな恩恵を受けることができます。戸籍上異性の組み合わせであれば、別に愛しあっていなくても、婚姻制度を利用することが可能です。恋愛ではなく、友情結婚や政略結婚をしている異性カップルもたくさんいますよね。
異性に限った婚姻制度があることで、異性として認識されるカップルは安定した権利をもつことができてきました。性別によって制限を設けてきた今の婚姻制度は、平等な制度とはいえないと思います。 他方、同性同士による婚姻はいまだに達成されていません。平等な婚姻ができない状況では、たとえば次のような困りごとがあります。
- 家族扱いされず、病院でそばにいられない
- 相続ができない
- 外国人の同性パートナーと同じ国に暮らせない
- 子どもを育てていても、「親権者」になれず「赤の他人」のまま
さらにトランスジェンダーの人にとっては、婚姻した状態のままでは性別変更が認められないという問題があります。なぜなら、戸籍上の「異性」として結婚したあとに片方が性別変更すると、まだ認められていない「同性」婚の状態ができてしまうためです。
トランスジェンダーは、性別変更を諦めるか、離婚するしかありません。これも同性婚が認められれば、解消する困難のひとつです。 現在も、性別を問わず結婚ができるようになるよう「結婚の自由をすべての人に」訴訟は続いています。
名前のつけられないリアリティ
『手のひらのパズル』は同性婚(結婚の平等)の実現をテーマにした映画ではありますが、梨沙の性的指向がハッキリ描かれているシーンはないように思います。レズビアンなのか?バイセクシュアルなのか?あるいは、女性同士で生活することが快適なAセクシュアル(無性愛者)に近いのか......?
そういったカテゴライズに関して、作中では直接語られることはありませんでした。他のLGBTQをテーマにした作品では、物語の前半からセクシュアリティが明らかにされることが多い気がするので、その点は珍しいかもしれません。 個人的に前半の印象として、梨沙から同性愛者としてのアイデンティティや行動を見出すというよりは、「異性婚=幸せ」という押しつけに抵抗する人物、という印象を受けました。
ある意味で、パンセクシュアルである筆者の感覚と近いものがあったといえるかもしれません。登場人物の好意がよく伝わってくるのは、むしろ真子という女性の描写でした。 ただ、梨沙も作中で「お母さんに孫を見せられないかもしれない」という発言をしているので、そのときにはすでに梨沙は「男性と結婚して子どもを産むこと」を選ばなくなっていた、という解釈ができます。
梨沙の母親は、「男性と結婚して、子どもを産むこと」こそが普通の幸せだと信じている人物です。母と娘の距離感が近いゆえに、お互いの幸せがかみ合っていない状況は目を背けたくなるものでした。 苦しい周囲からの抑圧がありますが、最後には、梨沙も素直に「自分の幸せ」と向き合っていきます。
個々の同性カップルが婚姻という手段をとるかは別にしても、同性婚の実現は社会的な偏見を減らすことにも繋がる、大きな第一歩となるでしょう。
【まとめ】「普通」という抑圧から逃れるには必見!
『手のひらのパズル』はセリフの一つひとつに、どうしようもない現実味があります。 「あなたの幸せを思っているよ」という家族や周囲からのメッセージは、LGBTQの人たちにとっては逆効果なことがあります。「どうして普通の幸せを目指さないのか!」と責められているように感じるのです。そこでいう「普通」や「幸せ」とは、異性との恋愛や結婚や出産の押しつけなのですよね。
異性愛や異性婚の押しつけが実際にあること、それに悩んでもいいこと、そうした呪縛から逃れてもいいこと。『手のひらのパズル』は短い作品のなかに大事なメッセージを込めている作品です。 ほかにも、梨沙の職場には「女らしさ」や「男らしさ」の決めつけがあり、しかも年配の男性に権力が集中している家父長制の構図を読みとることもできます。
梨沙は居心地の悪さを感じているようですが、しかし、他の人たちは少しもおかしいと感じていないように見えます。現状を変えていくためには、まず現状を認識することから始めることが必要なのだと思わされました。 それと同時に、ここまでひとりで切り詰めて生きてきたLGBTQの仲間たちには、よく頑張ったね、と伝えたくなりました。
この映画が広まり、遠くない未来に、同性婚(結婚の平等)が実現するように願います。
公式サイト: 手のひらのパズル