性同一性障害の診断は、生物学的な性別と自分が認識する性別との間に強い不一致を感じている方にとって、適切な医療支援を受けるための重要な第一歩となります。
現在、国際的な診断基準では「性別違和」や「性別不合」という名称に変更されており、精神疾患としての位置づけも見直されています。医師による専門的な診断を受けることで、ホルモン療法や手術療法といった治療選択肢へのアクセスが可能になり、より充実した生活を送ることができるようになります。
性同一性障害の診断基準とは
性同一性障害の診断は、国際的に認められた診断基準に基づいて行われています。
現在主流となっているのは、アメリカ精神医学会のDSM-5による「性別違和」の基準と、世界保健機関のICD-11による「性別不適合」の基準です。どちらの基準も、生物学的性別と自分が体験する性別との間の持続的な不一致を重視しています。
DSM-5による性別違和の診断基準
アメリカ精神医学会が発行するDSM-5(精神障害の診断・統計マニュアル第5版)では、性同一性障害は「性別違和」として分類されています。
診断基準は年齢によって異なり、子どもと青年・成人では別々の基準が設けられています。
子どもの性別違和診断基準(6か月以上継続)
以下の8項目のうち6つ以上に該当する必要があります。
- 反対の性になりたいという強い欲求、または自分は違う性であるという主張
- 反対の性の服装を身につけることを強く好む(MTFの場合)、または典型的な男性衣服のみを身につけることへの強い抵抗(FTMの場合)
- ごっこ遊びや空想遊びにおける反対の性の役割への強い好み
- 反対の性に典型的に使用されるオモチャやゲーム、活動への強い好み
- 反対の性の遊び友達への強い好み
- 自分の生物学的性別に典型的なオモチャやゲーム、活動の強い拒否
- 自分の性器の外観や構造への強い嫌悪
- 自分が体験する性に合う第一次・第二次性徴への強い願望
青年・成人の性別違和診断基準(6か月以上継続)
体験または表出するジェンダーと指定されたジェンダーとの間の著しい不一致が、以下のうち2つ以上によって示される必要があります。
- 体験するジェンダーと第一次・第二次性徴との間の著しい不一致
- 第一次・第二次性徴から解放されたいという強い欲求
- 反対のジェンダーの第一次・第二次性徴への強い欲求
- 反対のジェンダーになりたいという強い欲求
- 反対のジェンダーとして扱われたいという強い欲求
- 反対のジェンダーに定型的な感情や反応を身に付けているという強い確信
これらの症状が臨床的に意味のある苦痛や社会的機能の障害を引き起こしていることも診断に必要な条件となります。
ICD-11による性別不適合の診断基準
世界保健機関(WHO)が2018年6月に公表し、2019年5月に承認されたICD-11(国際疾病分類第11版)では、「性別不適合(gender incongruence)」として分類されています。
重要な変更として、「精神及び行動の障害」から新たに創設された「性の健康に関する状態」のカテゴリーに移動され、精神疾患ではなくなりました。
生物学的性別と持続的に体験される性別との間の顕著で持続的な不一致が特徴で、性別の再割り当てを求める願望や行動が認められることが診断基準となっています。重要なポイントは、単なる性役割の非遵守だけでは診断基準を満たさないということです。
ICD-11では精神疾患としての扱いから離れ、より当事者の人権に配慮した分類となっています。診断には少なくとも数か月間の持続的な状態が必要で、一時的な混乱や他の精神的要因による影響ではないことが確認されます。
医師は慎重な評価を通じて、真の性別不適合であることを見極めます。
診断プロセスと医療機関での診療の流れ
性同一性障害の診断プロセスは、専門的な知識と経験を持つ医療チームによって段階的に進められます。
診断には生物学的性別の確認と心理的な性自認の評価が必要で、複数の専門医による総合的な判断が求められます。適切な診断により、その後の治療選択肢への道筋が明確になります。
専門医による初回診断
性同一性障害の診断は、十分な知識と経験を持つ精神科医によって行われます。初回診察では、本人や家族から現在の状態、成育歴、性別に関する意識の変遷について詳細な聞き取りが行われます。医師は「心の性」を確定し、不安やうつなどの精神状態、学校や職場における社会的適応状況も併せて評価します。
診断プロセスは慎重に進められ、通常は複数回の診察を経て最終的な診断が下されます。診断には生物学的性別の確定も必要で、産婦人科医や泌尿器科医による身体的診察、性染色体検査、ホルモン検査などが実施されます。心の性と身体の性が一致していないことが確認された段階で、性同一性障害の診断がなされます。
正確な診断のため、医師は十分な時間をかけて本人の状況を理解し、適切な医療支援の方向性を決定します。
医療チームによる包括的なケア
性同一性障害の診療は、ジェンダークリニックと呼ばれる専門医療チームで行われることが一般的です。精神科医がコーディネーターとなり、ホルモン療法や手術療法などの身体的治療のスケジュール調整を行います。外部施設の第三者委員が参加する適応判定会議での承認を経て、具体的な治療へと進んでいきます。
医療チームには精神科医、産婦人科医、泌尿器科医、内分泌専門医、形成外科医などが含まれ、それぞれの専門分野から包括的な支援を提供します。定期的なカンファレンスにより、患者の状況を多角的に評価し、最適な治療方針を決定します。家族への支援やカウンセリングも重要な要素として位置づけられ、患者を取り巻く環境全体のサポートが行われます。
除外診断と鑑別診断について
性同一性障害の診断では、類似した症状を示す他の疾患との鑑別が重要な要素となります。
性別に違和感を持つ状態は、性同一性障害以外の医学的要因によっても引き起こされる可能性があるため、適切な除外診断が必要です。正確な診断により、最適な治療方針を決定することができます。
性分化疾患との鑑別
性別に違和感を持つ状態は、性同一性障害だけでなく性分化疾患(インターセックス)においても見られることがあります。
性分化疾患とは、先天性副腎過形成や男性ホルモン不応症候群などの先天的な疾患を指します。これらの疾患では、身体の性別と遺伝的性別、ホルモンバランスの間に不一致が生じることがあります。診断時には性染色体検査を実施し、性分化疾患の可能性を除外することが重要です。
仮に性分化疾患が発見された場合は、適切な専門医療へと紹介されます。性分化疾患による性別違和の場合、治療アプローチが異なるため、正確な鑑別診断が必要となります。医師は詳細な身体検査とホルモン値の測定を行い、性分化疾患の有無を慎重に評価します。
他の精神疾患との鑑別
性同一性障害の診断では、他の精神疾患との鑑別も重要な要素となります。一時的な性別への混乱や、他の精神疾患に伴う症状ではないことを確認する必要があります。医師は慎重な問診と観察を通じて、持続的で一貫した性別違和であることを確認します。
統合失調症や解離性障害などの精神疾患による症状として性別に関する混乱が生じる場合もあるため、詳細な精神状態の評価が行われます。また、薬物による影響や器質的な脳疾患の可能性も検討されます。医師は複数回の面接を通じて、症状の一貫性と持続性を確認し、真の性同一性障害であることを見極めます。
必要に応じて心理検査や脳画像検査も実施され、総合的な判断が下されます。
診断後の治療選択肢
性同一性障害の診断が確定した後は、個々の状況に応じた段階的な治療が提供されます。
治療は精神療法から始まり、必要に応じてホルモン療法、外科的治療へと進みます。各段階で十分な検討と準備期間が設けられ、患者の意思と状況を尊重した治療計画が立てられます。
精神療法と心理的サポート
診断後の第一段階として、精神療法が提供されます。これまでの生活で性同一性障害のために受けてきた精神的、社会的、身体的苦痛について十分な時間をかけて聞き取りが行われます。どちらの性別で生活するのが本人にとって最適かの決定支援と、今後の生活への包括的なサポートが提供されます。
精神療法では、家族関係の調整、学校や職場での対人関係の改善、社会復帰への支援も重要な要素となります。カウンセリングを通じて自己理解を深め、性別移行に伴う様々な課題への対処法を学びます。グループセラピーや当事者同士の交流も、孤立感の軽減と自己肯定感の向上に有効です。治療者は患者の心理的安定を図りながら、次の治療段階への準備を支援します。
ホルモン療法への移行条件と効果
十分な精神療法を行っても性別の不一致に関する悩みが継続し、身体的特徴を希望する性別に合わせたいという強い願望がある場合、ホルモン療法が検討されます。
ホルモン療法には様々な条件があり、年齢、身体的状況、精神的準備状況などが総合的に評価されます。治療開始前には、ホルモン療法の効果と副作用について十分な説明が行われ、患者の同意を得ることが必要です。
定期的な血液検査により肝機能や腎機能のモニタリングが行われ、安全性の確保が図られます。ホルモン療法により、声の変化、体型の変化、毛髪の変化などが現れ、希望する性別に近づくことができます。
治療期間中は医師との定期的な面談により、身体的・精神的状況の変化が継続的に評価されます。
外科的治療の適応と準備過程
外性器などに外科的処置を加え、希望する性別に近づける「性別適合手術」も治療選択肢の一つです。外科的療法を受けるには、より厳格な条件を満たす必要があり、十分な検討期間と準備が必要となります。手術適応の判定には、複数の専門医による評価と外部委員会での審議が行われます。
患者は手術の内容、効果、合併症のリスクについて詳細な説明を受け、十分な理解と同意が必要です。術前には身体的検査、心理的評価、社会的適応状況の確認が行われます。手術後のアフターケアや定期的なフォローアップも重要で、長期的な医療サポート体制が整備されています。
外科的治療により、身体と心の性の一致が図られ、より安定した生活を送ることが可能となります。患者の生活の質向上と社会復帰支援が継続的に提供されます。
まとめ
性同一性障害の診断は、生物学的性別と自分が認識する性別との不一致に悩む方にとって、適切な医療支援への入り口となる重要なプロセスです。
DSM-5やICD-11といった国際的な診断基準に基づき、専門医による慎重な評価が行われます。診断には複数の医師による包括的な検査と評価が必要で、除外診断も含めた総合的な判断が求められます。診断後は精神療法、ホルモン療法、外科的治療など段階的な治療選択肢が用意されており、個々の状況に応じた最適な治療計画が立てられます。性同一性障害は治療可能な状態であり、適切な診断と治療により、より充実した生活を送ることが可能となります。
参考情報
公的ガイドライン・学会情報
・性別不合に関する診断と治療のガイドライン(第5版)|日本精神神経学会
・性別違和について|一般社団法人 小児心身医学会
・性同一性障害の診療の流れ|日本産科婦人科学会
診断基準・医学情報
・性別違和の診断基準(DSM-5準拠)|ひだまりこころクリニック
・性同一性障害、性別違和の診断テスト|自由が丘MCクリニック
国際機関・WHO情報
・WHOが新しい国際疾病分類(ICD-11)を発表|ヒューライツ大阪
・ICD-11(国際疾病分類第11版)について|LITALICO仕事ナビ