「エピテーゼ」という言葉をご存知ですか。エピテーゼとは、身体の表面に取り付けるボディパーツのことをいいます。手術や事故などによって、失った身体の一部を再現するために、目や鼻、乳房などのパーツをシリコンで作ったものです。

エピテーゼにはさまざまな種類があり、その中でトランスジェンダーのため作られたペニスのエピテーゼがあります。多くのFtM当事者が必要としている一方で、エピテーゼを作るのに30~50万円程度かかってしまい、金銭的に手に入れられない人がいるのも事実です。

そこで、FtM向けのエピテーゼ専門店LUYは、FtM当事者が気軽にアクセスできるようなエピテーゼ商品を販売。トイレ用、温泉用、セックス用など、さまざまなシーンに合わせた商品を展開しています。

また、FtMエピテーゼメーカーとして特許意匠登録を取得したこともあり、今後さらにLUYの取り組みが期待されるといえます。そこで、LUY代表取締役の塁さんに、エピテーゼメーカーを始めたきっかけやFtMが直面する課題などを伺います。

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FtMが直面する問題からエピテーゼメーカーを設立

ーFtM向けのエピテーゼメーカーを立ち上げたきっかけを教えてください。

僕自身FtM当事者なのですが、過去に女性から色恋で下半身を触られたことがありました。特にFtMの方はそれが嫌でトラウマになる場合もあり、僕もなんとなくエピテーゼという存在は知らなかったのですが、それに似たようなものがあれば良いのになと思っていました。

そして8年ほど前、FtMの先輩にその話をしたところ、「こういうのがあるよ」とエピテーゼのことを教えてくれたんです。彼は海外に住む日本人で、現地からエピテーゼを取り寄せてもらいました。

ー社会生活を送る中で直面した問題によって、エピテーゼを知ったんですね。

そうですね。僕はFtMですが、MtFさんも胸を女性らしく見せるためにヌーブラを付けたり、乳房の手術を受けたりする人がいます。ただ、男性器のエピテーゼの場合、日本で購入すると中古車1台分の価格(約30万円以上)がするうえ、海外と比べると質が悪いという課題がありました。

ーやはり商品によって付け心地も変わるのでしょうか?

そうですね。エピテーゼを着用して日常生活を送るとなると、最低8時間はつけなければなりません。パンツの下につけるので、素材が良くないとかぶれてしまうんですね。

本来なら病院で適切な商品を紹介してもらうのが良いのですが、現状、エピテーゼは医療機関にすら浸透していないうえ、多くのFtM当事者は病院に行くことに抵抗感を抱くこともあります。その結果、何もわからないまま、高額を払って質の悪いエピテーゼを購入してしまうケースがあります。

日本のエピテーゼが高額な理由

ー塁さん自身も日本のエピテーゼを試していたのでしょうか?

エピテーゼメーカーを始めるにあたって、日本だけでなく海外から商品を取り寄せ、総額約300万円分のエピテーゼを試したと思います。ピンキリではありますが、日本のエピテーゼは30〜50万円が平均的な価格帯です。

あまりに安いと大人のおもちゃ扱いになりやすいです。素材がシリコンよりも硬くなるので、女性器に挿入すると荒れてしまう恐れがあります。

ー価格帯に差があるのには理由があるのでしょうか?

日本のエピテーゼはオーダーメイドが主流で、国家資格を取った技工士がその人に合わせて作ります。形や色も特注でカウンセリングで1つずつ確認しながら決めていくため、納品までに半年から1年はかかってしまうんですね。

一方で、海外だと既に元の形があり、そこからカラーやパターンを選ぶ場合がほとんどなので約15万円で済みます。つまり、オーダーメイドとカウンセリングの工程が省かれる分、価格が安くなるということです。日本でもなるべくリーズナブルに提供できるよう試行錯誤し、現在LUYから販売しているエピテーゼは3万円から購入できます。

「当たり前の生活ができるように」

ーどのようなエピテーゼ商品を展開していますか?

主に「立ちション用」「ナチュラル用」「温泉用」「セックス用」の4種類です。中でも立ちション用のエピテーゼは特許意匠登録済みの商品で、かなりリアルに仕上がっています。

エピテーゼの中の構造がホースのようになっているため、女性器に合わせてエピテーゼをはめると尿がスムーズに流れます。外出時もずっと着用したままで問題ありません。

ナチュラル用は「パスグッズ」として、見た目がパス(当事者が自認する性別として社会から認識されること。合格するという意味の「Pass」が由来となっている)していないFtMの方にもおすすめです。これを身につけることで股間が“もっこり”とした状態になるので、女性と見られにくい特徴があります。

ー温泉用のエピテーゼについても教えてください。

普段使いはもちろん、入浴時にも使っていただけます。他のエピテーゼとは形状が異なり、隠部のギリギリでシリコンがカットされ、陰部全体の2分1の場所にクリップが取り付けられている構造です。そのクリップをつけてエピテーゼの上部を陰部の毛で隠すことで、境目が隠れて自然な仕上がりになります。

 

ーセックス用はどのようなものでしょうか?

セックス用のエピテーゼは、パートナーとのセックスの際に自分も気持ち良くなれるような構造を採用したものです。好みに合わせて女性器・アナル・口の3つの異なる形状を選んでいただき、その中にクリトリス(ミニペニス)を入れます。中はボコボコとしていて、クリトリスが膨張した時に動かすとお互いが気持ち良くなれるというものです。

多くのFtMの方はセックスをする際、自分は気持ち良くなれないという問題に直面します。知り合いのFtMの方に「俺らって人生の3分の2損してるよね」と言われたことがあるのですが、まさに日常にある当たり前のことができません。

温泉やプールにも行けないし、相手と一緒に気持ち良くなることもできないのです。当事者の人生が少しでも明るくなるよう、今日より明日が良くなることを願ってエピテーゼを作っています。

男性社会で働く当事者たち

ーどのような人がエピテーゼを必要としているのでしょうか?

20〜30代の社会生活を送っている人が主で、社会的に不便なく生活を送りたい人、カミングアウトしていない人などが多い印象です。中には、学校の先生、消防士、警察官といった公務員もエピテーゼを必要としています。

やはり現場での仕事となると、制服が決まっていることで下半身が気になってしまうこともありますし、常にトイレがあるような場所ではない現場での仕事では、立ちション用のエピテーゼが必要になることもあるそうです。

学校の先生だと、子供たちから股間を触られるような場面もあるみたいで。そこでのアウティングを懸念する当事者は少なくありません。

ーカミングアウトしていない人がほとんどなんですね。

やはり男性社会で働いてる当事者は、カミングアウトしていないことの方が多いのではないのでしょうか。最近では、パートナーの家族から旅行に誘われ、緊急でエピテーゼが必要だという問い合わせも来ました。そういう場合は、優先的に発送することもあります。

ーエピテーゼ購入者の中では、手術を受けたくても受けられない人は多い印象ですか?

そうですね。実は僕自身、陰茎形成手術で命の危険に晒され、2ヶ月間病院から出られませんでした。というのも、一部の皮膚を使って尿道を再建するため、手術前に半年ほどかけて脱毛などの準備をしていたのですが、どうしても毛って生えてきてしまうんですね。

それにより形成した尿管の中に毛が入り、尿がうまく流れず逆流してしまいました。逆流すると菌が繁殖し腎盂腎炎になる恐れがあるので、手術が終わったからといって100%成功するわけではないのです。

その時、パートナーや母親からのサポートがあったお陰で、なんとか持ち堪えることができました。なのでFtMが手術を受けるには、お金と時間、周りに精神的なサポートをしてくれる人がいるかなど、全てをクリアしなければならない点で手術はハードルが高くなります。なので、手術を受けられない方がエピテーゼを求めにいらっしゃる場合もあります。

 

エピテーゼが浸透しない理由

ー日本ではエピテーゼは十分に浸透していないと考えていますか?

そうですね。検索からだったり、同じ当事者が発信するYouTubeを見てエピテーゼの存在を知る人が多いと思います。もともとエピテーゼという言葉を知っていて、調べる人は少ない印象ですね。

ーエピテーゼの認知が十分にないと考えられる理由はありますか?

大きな理由は、広告やSNS上でアダルト扱いされてしまうことです。特にGoogleでは表向きに広告を打ち出すのが難しくて。立ちション用エピテーゼの写真を隠部を隠して掲載したことがあったのですが、アカウントがBANされてしまいました。

あとは、まだエピテーゼを必要としていない当事者もたくさんいると思います。パートナーからFtMであることを受け入れられている人、今の自分の状態が社会生活を送るうえでそこまで障壁だと感じない人などです。

障壁に対面したことがない場合もありますよね。例えば、上司に風俗やキャバクラに行くぞと言われた経験がなければ、まだ必要とはしないないかもしれません。ただ、そういう瞬間が来た時は、今と感じ方が変わる可能性は十分にあります。

医療機器からアプローチ

ー今後、エピテーゼへのアクセスのしやすさは変わると思いますか?

この流れは徐々に変わると思います。今後、精神科でエピテーゼを推奨してくれれば、医療負担になる可能性もあります。3割負担になれば、10万円のエピテーゼが3万円になるので、医療機関で認められることから始めたいです。

特に日本人は、国が認めたものを信用するという傾向があるので、医療系からアプローチしていけばエピテーゼの浸透する速さはぐんっと早くなるのかなと。いつかは、ドンキホーテやデパートでも販売されるようになれば嬉しいです。

ー最後に今後の予定などあれば教えてください。

2024年3月16日(土)〜17日(日)に、LGBTQ+の患者さんと向き合う日本中の医療関係者が集まる「GID(性同一性障害)学会第25回研究大会・総会」が開催されます。そこの展示会でLUYが紹介される予定です。医療関係者に見てもらえる貴重な機会なので、今後エピテーゼの考え方が変わるきっかけになれば良いなと思います。