- 収納の多い部屋がいいよね
- 日当たりがいい部屋なら、植物なんかも育てられるかも
- どのくらいの家賃なら払えるかな
- キッチンが広かったら、もっと自炊できるようになるかもね
パートナーと同棲する人/しようとしている人にとって”部屋を探す”という作業は、「新たな2人の生活を想像しながら、互いの価値観をあらためて知る」というとても大きなライフイベント。
大切な誰かと、共に生活し安心できる住まいを築き上げていく、その最初のスタート地点として、お部屋探しは多くの期待や希望に溢れたものです。
しかしそのスタート地点ですら、偏見や無理解によって辛い思いをしてしまう人が多くいるのが現在の日本社会の現状。その一つとして、同性カップルの同棲があります。
同性カップルだということで審査に落とされてしまったり、内見を断られてしまったり、もしくは不動産の担当者から心無い一言を言われてしまったり。
異性カップルであれば当たり前にできるお部屋探しが、同性カップルであるというだけで当たり前ではない現実があるのです。
そんな現状を前に、セクシュアリティに関わらず誰もが安心して住まいを探せる社会を目指して、IRISという不動産会社は立ち上がりました。
そのIRISに半年前にジョインした岩井さん、そしてIRISを立ち上げた須藤さんのお二人は、どのような想いを胸に働いているのでしょうか。
今回お話を伺ったのはウェブメディア「パレットーク」の編集ライター、伊藤まり。
日頃からセクシュアリティやジェンダーについての発信をしている私ですが、お二人のお話からお部屋探しという場面でLGBTs当事者が直面する課題の深刻さついて、あらためて知ることができました。
人の役に立ちたくて転職した不動産業界で目の当たりにした偏見の現実
伊藤:須藤さんはこのIRISを立ち上げるきっかけとして、ご自身も「同性のパートナーとのお部屋探して苦労した経験があった」と以前おっしゃっていました。岩井さんもそういう経験があって、IRISへジョインしたのでしょうか?
岩井:僕自身が部屋を探すときは運よくいい管理会社さんと巡り会えたので、実はそういう経験はしていないんです。だからこそ、運がよくなければそういう風な部屋探しができないなんておかしい、それが当たり前にできる状況じゃなきゃいけない、と思いましたね。
(写真右:岩井さん、左:須藤さん)
伊藤:もともと不動産関係のお仕事をしていたのですか?
岩井:いえ、僕はもともとWebデザインとかWebマーケティングの仕事をしていました(笑)。
伊藤:そうなんですか!まったく違う業種ですね。
岩井:僕は「平和にお金だけもらって普通に暮らしていこう」ってタイプで、前職にも満足してたのですが、仕事柄ほぼ人と話す機会がなくて、だんだん退屈だなと感じるようになったんです。それで、今の状況を変るため、半年前に営業としてIRISにジョインしました。
伊藤:営業なんて、まさに人と話すお仕事。思い切った選択でしたね。
岩井:もともと友達の相談を聞くのは好きなタイプだったんで、「誰かの役に立てたらいいな」というくらいの感覚で転職しました。僕がゲイの当事者ということもあって、LGBTsに関わる仕事をしたいというのもどこかでずっと思っていましたし。でも実際は、お部屋探しって友達の相談を聞くとはまったく違いました。当然ですけど。
伊藤:どのように違ったのですか?
岩井:お部屋を探しているお客様は、当然ですけどすごく真剣です。これから住むところを探すんだから当然ですよね。そんなお客様の思いを前にすると「このお部屋を決められなかったらどうしよう」というのがとてもプレッシャーになりました。
伊藤:それはやはり、セクシュアリティが原因で断られてしまうことが多いためですか?
岩井:はい……。
伊藤:具体的にはどのような段階で断られてしまうのでしょうか。
岩井:僕ら不動産仲介業者は基本的にお客様から希望を聞いて、物件をいくつかご紹介します。その中で、内見したい物件を管理している会社に僕たちが電話をかけるんですね。そのときに「希望している方は同性カップルである」とお伝えするんですけど、管理会社が同性カップルに理解がないと断られてしまうんです。
須藤:もしくは、審査の段階で同性カップルだと落とされやすかったり……。
伊藤:入居を希望している人が同性カップルだった場合に、管理会社などから断られてしまう確率ってどのくらいなのでしょうか?
須藤:ご紹介する地域によっても違うのですが、4件に1つ紹介できればいい方、という感じです。ひどいときは10件問い合わせてやっと1つ、ということもあります。
伊藤:ええ!?そんなに少ないのですか!想像していたよりもはるかに厳しい現実でした…。
須藤:パートナーシップ制度があるかないか、にも影響されますね。電話口で失礼なことを言われたり、ガチャ切りされたりすることもよくあります。
伊藤:それって偏見うんぬんの前に、仕事をする大人として信じられない態度なのですが……。
岩井:そうですよね。でも残念ながら不動産業界はそういう保守的な部分がまだまだある。僕自身がゲイであり、同性のパートナーと暮らしていることもあって、まるで自分の存在が否定されてしまっているようでしんどかったですね。
伊藤:不動産の営業というのは、ある意味で偏見を持つ人と当事者のお客様の間に立つ防波堤のようなお仕事なんですね。
岩井:自分はそれまで運よく差別の経験をしたことがないからこそ、「LGBTsの不動産って実はそんなに難しくないだろう」って思ってしまっていた部分もあります。だからこそ、実際にそういう不動産業界の保守的な面を体験して、「人の力になりたいなんて簡単に考えすぎていたんじゃないか。自分は向いていないんじゃないか」と。それで体調を崩してしまい、しばらくお休みをいただきました。
伊藤:当事者として偏見の溢れる態度を受けることと、お客様の期待を裏切れないというプレッシャー、両方に追い詰められてしまったのですね。
岩井:はい。「お客様にできるだけ親身に寄り添いたい」という思いと、自分の気持ちのさじ加減がわからなくて、自分に置き換えすぎてしまっていたのだと思います。でも、そんな状態の僕に須藤さんが「無理だったらやらなくてもいいよ、できるところからやってみよう」と言ってくれました。
できる人ができることを – 柔軟な働き方で自分らしく働く
須藤::岩井さんがぶつかった壁、僕自身が経験したものでもあったから、すごく共感できたんですよね。僕もこのIRISを始めてしばらくは、自分自身の気持ちとのバランスをどう取ればいいのか悩みましたから。
須藤:僕は、セクシュアリティ問わず誰もが自分らしく幸せに生きられるようにしたいって思いからIRISを立ち上げました。でも、自分自身がハッピーでなければ誰かをハッピーにはできないっていうのは、根本に持っている信念です。だから、働くメンバーもそれぞれもハッピーでいられるようにしたいと常日頃考えているので、やりたくない仕事を無理やり押し付ける環境は避けたいと思います。
岩井:「もうこの仕事をしたくない」とまで思いつめていたときに、須藤さんが悩みの根本のところまで聞いてくれました。それで「できることをやっていこう」と言ってもらえたことはとてもありがたかったですね。
伊藤:素敵な上司!そういう言葉をかけてもらえると、本当に安心しますよね。
岩井:はい。僕自身は人の悩みを聞くことは多かったのですが、自分が悩みを話すということはあまりしてこなかったんです。ましてや前職では仕事についての悩みを相談するなど一切なくて。でも今は、気軽に感じたことを話せる環境があるので、仕事上だけでなくプライベートでも考え方が変わりました。パートナーとの関係も以前よりよくなったと感じてるんですよ(笑)。
須藤:それは嬉しいですね〜!
岩井:結局僕は、人の話や相談を聞く仕事がやりたくてIRISにジョインしましたから、「そこはやって行こう!」となりました。なので、お客様のヒアリングは僕が担当しますが、管理会社に連絡するのは他のメンバーがやってくれています。
伊藤:たしかに、人によって得意なことや苦手なことは違いますから、そこを柔軟に分担していけると働きやすいですね。
岩井:ヒアリングに関しても、最初の頃は必死に「親身にならなきゃ!話を聞かなきゃ!」と必要以上に気負っていましたが、最近はあくまで自分の素で、自分本来の感覚でお話するようにしています。その方が僕自身も気が楽だし、お客様からもむしろ信頼を得られているなという実感も持てるようになりました。
須藤:岩井さんは常に否定せずに話を聞いてくれます。同じ会社のメンバーとしても、「当事者として理解してくれているな」という安心感もありますし、知ろうとしてくれているから、お客様もきっと安心してお話いただけるんだと思います。
伊藤:まったく新しいキャリアに挑戦し、ある意味挫折も経験し、ようやく自分らしい働き方を見つけられた、という事ですね。
岩井:はい。濃厚な半年でした。一周回って新たなスタート地点に立っている気持ちです。今は個別の営業だけでなく、営業戦略を考えたり来年のIRIS5周年記念のために企画を考えたり、他の業務も並行する事でバランスをうまく取れていると感じます。
岩井:でもやっぱり、一番モチベーションになっているのはお客様のヒアリングをしているときですね。メールでも、電話でも、対面でも、お客様の希望を聞いてぴったりの物件を提案できることが一番嬉しいし、がんばろうという気持ちになります。
IRISが特別ではなくなる未来
伊藤:不動産業界の問題と働き方について常に向き合い続けているIRISのお2人ですが、これからの展望などはありますか?
岩井:IRISが「特別な存在ではなくなる」社会にしていきたいですね。
須藤:わかる。
伊藤:え!?特別な存在じゃなくなっていいのですか?
岩井::残念ながら今の日本では、同性カップルというだけで部屋を借りることができない現状があります。だからこそ、その問題に真正面から向き合っているIRISは特別感があります。でもやっぱり、部屋を探す時に「ゲイカップルです」とわざわざいう必要もなく、普通に相談できて、普通に部屋も借りられて、という社会が理想なので。IRISが特別な存在ではなく、当たり前になるといいなと思うんです。
伊藤:なるほど。
須藤:だからこそ、これからはもっともっと業界全体を巻き込んで変えていきたいですよね。
岩井:はい。IRIS以外でもセクシュアリティで断られる心配なくお部屋探しができるようになってほしいし、逆に「IRISを利用する=LGBTs当事者」というわけではなくて、街の中に普通にある不動産屋さんのようにどなたも気軽に利用できる不動産屋さんにしていきたいです。まだまだ保守的な業界ですけど、須藤さんはじめIRISのメンバーとなら、やっていけるような気がします。
セクシュアリティを理由として、入居する部屋が見つけられない。その状況は想像を超えて、深刻なものでした。IRISで働く方々の多くはLGBTsの当事者。まさに偏見の色濃い業界で「お客様に向けられる偏見は、今回お話を伺った岩井さんや須藤さんをも傷つけるものだ」という現実に、とても苦しい気持ちを感じます。
しかし、まさにその偏見の現場で部屋を探す人一人ひとりに向き合い、さらには業界自体を変えようとしている岩井さんと須藤さんのお二人は、一切、暗く重い空気をまとってはいませんでした。
同棲する人が、異性か同性か。そのことが誰かの部屋探しに一切の影響を与えない社会。
誰もが当たり前に、自分の大切な人と新たな住まいを安心して探せる社会。
互いに気遣い、支え合って前に進んでいるIRISのメンバーなら、そんな社会を近い未来に実現できる。
お二人のお話を伺った私は、お腹の底から勇気付けられるとともに、私自身もその未来のためにできることをしていきたいと強く思いました。
チェック → LGBTsと不動産の『今』が分かるLGBTsと不動産に関する記事のまとめ
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◎この記事を書いた人・・・伊藤まり
1993年、東京都生まれ。LGBTQ+やフェミニズムについて漫画で紹介する「パレットーク」にて編集ライターをしています。