こんにちは、ライターのミオカです。

みなさんは、自分が子どもの頃に学校で受けた「性教育」の授業について、何か覚えていますか?

残念ながら私はほとんど覚えていないのですが、あの頃「同性愛」「両性愛」「トランスジェンダー」について教わっていたら、その後の人生は違っていたかもしれないな、と思うことがあります。

ニュースなどで報じられているとおり、昨今の日本の教育現場では、ジェンダーやLGBTsへの配慮という観点から、さまざまな取り組みが行われるようになりました。

こうした社会の変化を受けて、学校での「性教育」にも何か変化はあるのでしょうか。

初めに
IRISでは、すべてのセクシュアリティやジェンダー、人種、国籍、民族、職業、家族構成の人々が自分らしく生きられる社会を実現したいという思いを込めて「LGBTs」と表現しています。

国際的な「性教育」の動向とLGBTs

国際的な「性教育」の動向とLGBTs
性教育について考えるとき、まず参考となるのが、2009年にユネスコが中心となって作成した、『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』です。

これは、人々が幸せな生活を送るために必要な「性に関する学習内容」をテーマ別・年齢別にまとめた、国際的な目安のようなものです。

学習テーマの中には、「ジェンダー」「性暴力の防止」「性的少数者の権利」といった項目もあり、現代社会が抱えている課題を反映しています。

各国は、このガイダンスを指針として教育政策を行なっているわけですが、LGBTsについて先進的な政策を取っているEU圏の国々と日本では、性教育の取り組み方にも違いがあるようです。

EU諸国の性教育とLGBTs①:オランダ

2000年に世界で初めて同性婚を合法化したオランダ。

ほかにも、売春の合法化(2000年)やトランスジェンダー法(2014年)といった政策から、「オランダは性に関する議論にオープンな国」というイメージを持っている人も多いかもしれません。

オランダでは、2012年から学校教育で「性の多様性」を扱うことが義務づけられており、LGBTsについては次のような学習機会があります。

  •  初等教育の「社会・環境学習」の科目に、「セクシュアリティと性的多様性」という学習項目がある。この項目では、オランダが多文化共生国であること、セクシュアリティ、人種、文化の違いを互いに尊重する態度が重要であることを学ぶ。
  •  性教育用のテレビ番組(公共放送局が制作)で、「同性愛」「両性愛」といったテーマが扱われている。たとえば、ゲイやレズビアン、バイセクシュアルの人たちに対するステレオタイプの問題について、クイズ形式で学ぶ。
  •  中等教育の「生物」の科目では、生殖や避妊の仕組みのほかに、性の快楽的側面(オーガズムやマスターベーション)、ポルノグラフィや性暴力の問題、LGBTsの権利といった、社会的な課題についても学習する。
  • LGBTsの権利擁護団体による情報の提供や、出張授業が行われている。

こうした取り組みからは、「人間の性というものを子どもたちに包み隠さず伝え、さまざまな角度からの理解を促そう」という、国としての姿勢が感じられます。

EU諸国の性教育とLGBTs②:フィンランド

充実した社会福祉、ジェンダー平等の先進国として知られるフィンランド。

フィンランドは、トランスジェンダー法の制定(2002年)、同性婚の合法化(2017年)など、性的少数者に対する法整備も積極的に推し進めています。

フィンランドの性教育は1970年代に始まり、中絶件数の増加や、性感染症者数の増加といった、社会状況の変化に合わせて発展してきました。

現在では、主に13〜15歳の「生物」「健康教育」の科目の中で、性に関する学習が行われています。授業の進め方は、各学校や教員に委ねられている部分が多いようですが、全体的な傾向としては以下のような特徴が挙げられます。

  • 生殖や避妊の知識だけでなく、「性行動にともなう責任」や「性の多様性」といった、社会的なテーマまで網羅されている。
  •  広告やポルノグラフィにおける性表現の問題など、メディア・リテラシーの観点からも性教育が行われている。
  • 「性を楽しむこと」「性について知ること」は、一人ひとりに与えられた「権利」であることを学ぶ。

LGBTsに関する学習ついては、先述したオランダのような多角的なアプローチは見られませんが、万人の「性の権利」を尊重するという、根本的な考え方を身につける性教育が行われている点が印象的です。

EU諸国の性教育とLGBTs③:フランス

パートナー制度(PACS)や事実婚など、法律婚にとらわれない「家族の形」を選ぶ人が多いことで知られるフランス。

セクシュアル・マイノリティの権利については、同性婚の合法化(2013年)、トランスジェンダーの法整備(2016年)といった政策が、これまでに進められてきました。

学校での性教育は1998年から必修化されており、「生殖」「避妊」「性感染症」「性暴力」「ポルノグラフィの問題」「性差別」「同性愛嫌悪」といった、幅広いテーマを学ぶための重要な機会として位置づけられています。

フランスの性教育の特徴としては、以下のような点が挙げられます。

  • 性教育は、主に自然科学(日本でいう「生物」に相当)の領域で行われている。解剖学的な観点(胎児の性別決定のプロセスや、ホルモンの働きなど)から人間の性を理解した上で、性の社会的な側面(法制度、LGBTsの権利の歴史など)を学ぶ。
  • 妊娠や避妊について、生徒が現実に直面しうる問題を具体的に教え、それに対処するために必要な知識を与える。
  • 各地域に、青少年向けのカウンセリング組織(ファミリー・プランニング)があり、活用されている。職員が学校に出向いて、性教育の出張授業も行うケースもある。

フランスでは18世紀以降、「根拠のない偏見ではなく、科学的・理性的な態度で物事を考える」という啓蒙思想が重視されてきました。そのような歴史的・文化的な背景が、性教育のアプローチの仕方からも感じられます。

日本の性教育とLGBTs

日本の性教育とLGBTs
最後に、日本の性教育事情について見てみましょう。

先進的なEU諸国に比べると、ジェンダー平等やLGBTsの権利に関する政策で遅れをとっているイメージのある日本。

実は1980年代以降、AIDSをはじめとする性感染症対策の一環として、性教育が積極的に推進された時代が日本にもありました。

ところが2002年、養護学校で行われた性教育の授業について、一部の政治家が「過激」であると批判したことが発端となり、性教育はセンシティブな問題となってしまいました。

文部科学省が制定する小・中学校の「学習指導要領」の中にも、こうした「性のタブー意識」が見られます。

いわゆる「はどめ規定」と呼ばれるもので、「受精や妊娠のプロセスを学習する際に、性交の仕組みついては触れない」という制約です。

このような線引きは、学校で使われる性教育の教材にも影響を与えます。

  • 「セックス」「性交」といった語が避けられ、「性的接触」という抽象的な表現が使われる。
  • 「第二次性徴期の体の変化」を説明する図で、裸のイラストではなく服を着た人間のイラストが使われる。

生殖や性感染症について学習するというのに、肝心の部分がぼやかされたり、隠されたりしているのは、何とも中途半端な感じがしませんか?

曖昧な情報は、不安を引き起こす原因にもなりかねません。

私たちが、自分の性について「隠しておくべきもの」「何となく恥ずかしいもの」と感じているかぎり、周りの人のセクシュアリティを理解しようとすることも難しいでしょう。

そういった意味では、LGBTsの人たちが抱えている「生きづらさ」は、性教育のあり方と密接に関係していると言えます。

幸いなことに、近年では、高校の「家庭科」「政治・経済」「世界史」といった科目の教科書で、LGBTsについての理解を促す記述が見られるようになってきました。

セクシュアリティを含め、お互いの個性を認め合う考え方が、日本の学校教育でも広まっていくと良いなと思います。

まとめ:開かれた性教育が、LGBTsに寛容な社会を作る

まとめ:開かれた性教育が、LGBTsに寛容な社会を作る
今回は、EUの3つの国と日本における性教育事情を、「LGBTsに関する学習」という観点からまとめてみました。

性/セクシュアリティについて学ぶということは、単なる知識の習得にとどまりません。

性教育は、「自分自身をよく知り、他人との信頼関係の築き方を学ぶ」という、人としての根本的な学びの場でもあるのです。

ジェンダーやLGBTsの観点から、教育現場での個々の課題に対処していくのも重要なことですが、日本がLGBTsに寛容な社会となるためには、性教育のあり方を見直していくことが鍵となるのではないか、と私は思います。

<参考リンク>
ユネスコ『【改訂版】国際セクシュアリティ教育ガイダンス』

<参考文献>

  1. 橋本紀子、池谷壽夫、田代美江子『教科書にみる世界の性教育』(2018) かもがわ出版
  2. リヒテルズ直子 『0歳からはじまるオランダの性教育』(2018) 日本評論社
  3. 浅井春夫『包括的性教育ーー人権、性の多様性、ジェンダー平等を柱にーー』(2020) 大月書店