日本では、生まれた瞬間から男女どちらかに分類され、分類された性を生きるのが当然とされてきました。母子手帳、戸籍、保険証、入学、就職、パスポートすべて性別欄が存在し、トイレやお風呂でも必ず男女どちらかに分類されます。
しかし、自分の性を男女どちらかに二分できないと感じている人もいます。
本記事では、セクシュアルマイノリティーの1つで、LGBTの4つの単語には含まれないセクシュアルマイノリティ『Xジェンダー』について紹介します。
初めに |
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※IRISでは、すべてのセクシュアリティやジェンダー、人種、国籍、民族、職業、家族構成の人々が自分らしく生きられる社会を実現したいという思いを込めて「LGBTs」と表現しています。 |
LGBTsの中にあるXジェンダーとは?
性の多様性について理解する指標として、4つの要素があるとされています。
- 性的指向 恋愛感情や性的な関心・興味が主にどの性別に向いているか、恋愛感情や性的な関心興味の有無や強さ
- 性自認 自分がどのような性別であるか、又はないかについての認識
- 性表現 服装・髪型・しぐさ・喋り方などの外部的な表現
- 性的特徴 染色体・ホルモン値・筋肉量・体毛など、生物学的な性別を示す身体的特徴・行動特性
LGBTを上記に当てはめると、LGB(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル)は性的指向(性的な関心がどの性に向いているか)、T(トランスジェンダー)は性自認(出生時の性に関わらず、自分自身の性をどの様に認識しているか)を表しています。
Xジェンダーとは、性自認を表す言葉で、「出生時に割り当てられた男性もしくは女性の性別のいずれかに二分された性の自覚を持たず、自己の性別に関し、男女どちらでもない、あるいは男女どちらでもある、さらにはどちらもないといった認識を自己の性に対してもっている人々」とされています。
「されている」と書いているのは「Xジェンダー」というのは医学用語のように厳格な定義が存在している訳ではないからです。また、Xジェンダーという表現は海外では一般的ではなく、日本で生まれた言葉なのです。
Xジェンダーは性自認に関するものなので、生まれた性が男性で、男性の服装をしているからこの人はXジェンダーではない(もしくはXジェンダーである)、といった具合に外見上の性表現からその人がXジェンダーに該当するかどうかを判断することはできません。
また、生まれた性が男性で性自認がXジェンダーの人をMtX(Male to X-gender)、生まれた性が女性で性自認がXジェンダーの人をFtX(Female to X-gender)と呼ばれます。
Xジェンダーってどれくらいの割合でいるの?
では、Xジェンダーの人はどのくらいの割合でいるのでしょうか。
LGBT総合研究所が2019年に調査した結果によると、2.5%の人がXジェンダーと回答しています。
2.5%というと非常に少ない数字に思われますが、多数派であるシスジェンダー(性自認が生まれた時の性と一致している人)の人が94%で、実はその次に多いのがXジェンダーの2.5%となっています。
Xジェンダーの次にトランスジェンダー(生まれた時の性と性自認が一致していない人)が1.8%、クエスチョニング(自身の性的指向や性自認が定まっていない、もしくは意図的に定めていない状態の人)が1.2%となります。
全体として、シスジェンダーに該当しない人は約6.1%という結果でした。
数字で捉えると、Xジェンダーの人は身近に居てもおかしくない割合で存在していることがわかります。
※LGBT総合研究所「LGBT意識行動調査2019」
https://www.daiko.co.jp/dwp/wp-content/uploads/2019/11/191126_Release.pdf
Xジェンダーの悩みとは
Xジェンダーの人々が抱える悩みについてご紹介します。
社会から男らしさ、女らしさを求められる
日本を含む多くの国では、男女のどちらかにすっぱり分けられて考えるのが当然とされています。
男なんだから男らしく黒色にしろ、髪は短くしろ、結婚して家庭を持ってようやく一人前の男
女なんだから女らしくピンク色にしろ、髪は長くしろ、若いうちに結婚しろ、子供を産み育てるのが女の幸せ
書いていてぞっとしますが、こうした認識を持った人が、悪気なく社会的役割、価値観を押し付けてくることは令和の現在においてもままあります。(僕自身も押し付けられたことが何度もあります。)
男女どちらの性自認でもないXジェンダーの人は、こうした押し付けによりとても辛い思いをさせられてしまうこともあります。
性自認について人に説明することが難しい
日本社会では男女どちらかに分類されるのが当然とされていて、それ以外の性自認が存在していることすら知らない人も数多くいます。
そんな中、Xジェンダーであることを他人に説明しても、理解してもらうのは非常に困難と感じている当事者が多くいます。
なんとか説明をしても違う解釈をされることも多く、生まれた時の性と反対の性と誤解されてしまうことも多いようです。
あるFtXの人は、「体の性別は女性だけど、精神はどちらでもない」と説明するとなんとなく理解してもらえるが、「中性」と説明するとほぼ理解してもらえないと言います。
またあるMtXの人は、勇気を持って家族にXジェンダーにカミングアウトをしたものの理解されず、なかったことにされてしまい、その後もそれまで同様に男性としての役割を期待されてしまい、精神的に辛くなってしまったという人もいます。
一人称や服装といった性表現で困る
Xジェンダーの人は男女どちらかにあてはめることが困難です。
そのため、一人称をどうするかで困ってしまいます。
Xジェンダーの人を対象としたアンケートの調査結果では、公的な場所での一人称では「私」、「自分」を使う人が多く、私的な場所では「俺」、「僕」などを使う人もいることがわかっています。
英語の一人称主語である「I」のような性差のない言葉が日本語にもあれば、このような悩みは生じなかったかもしれません。
また、英語圏では性差のある主語であるHe、Sheを使わずTheyを使用するべきという主張があり、実際にアメリカのバークレー市議会では条例の性別を特定する表現や単語は全て排除されることになりました。
服装に関して、あるMtXの人の考えとして、女装や化粧をする訳ではないが、かといってひげをのばしたり筋肉質な体、男性的な服装を好む訳ではなく、ジェンダーニュートラル(ユニセックス)な服装をするという人もいます。
Xジェンダー当事者の服装に関するアンケートでも、ユニセックス、男性、女性の順となり、公私ともに変化はありません。
ロール・モデルの不在
あるXジェンダー中性の人は、人間関係、身体的な違和感、医療に関する知識の不足、経済的な問題など、中性として生きていくことに対するさまざまな不安を抱えて生きています。
メディアや日常生活の中で「中性」という生き方を実践している人を見つけることが難しく、参考にできるロール・モデルがほとんどないため、自身の将来像やライフプランを描くのが困難だと感じています。
所属すべきコミュニティが少ない
シスジェンダーの人々は、同性同士の結びつきが数多く存在します。
部活動やサークル活動などでは、男性同士、女性同士で仲良くなるといったことはよくあります。
男性だけで女性の好みの話や女性アイドルの話をしたり、逆に女性だけで男性の好みや男性アイドルの話をするというシーンもよく見られます。
ところがXジェンダーの人は「同性」と呼べる人が少なく、そうした一般的なコミュニティも限られてしまいます。
無理に男女どちらかのコミュニティに出席したところで、心の底から自分の居場所だと感じられることは少ないのではないでしょうか。
着替えや入浴時に、「戸籍上」同性の人前で裸になることに抵抗感、嫌悪感を感じる人もいます。
なんとなくセクシュアルマイノリティであることを感じ、ゲイやレズビアン、トランスセクシュアル、トランスジェンダーなどのコミュニティに身をおいてみてもどこにもしっくりくる場所がなく、その後Xジェンダーの概念を知ってようやく自分を理解できたという人もいます。
自分が何者かわからず、まわりに同じ性自認を持っている人もおらず、どんなコミュニティを覗いてもどこにも自分の居場所が感じられないというのは、本当に辛いことだと思います。
Xジェンダーの恋愛
Xジェンダーの人に対して行った恋愛に関するアンケートでは、付き合う対象として
- シスジェンダー女性
- シスジェンダー男性
- パンセクシュアル(男女だけでなく全ての人に恋愛感情を持つ全性愛者)
- ノンセクシュアル(他人に性的欲求をもたないが恋愛感情はもつ人)
の順に多いという結果になりました。
あるFtXの人は、女性寄りの気分で性表現も女性らしい時に知り合った男性と恋愛関係になったが、女性として振る舞い続けることに疲れ、Xジェンダーであることを男性に伝えると別れられてしまいました。
Xジェンダーであることを隠したまま、もしくは伝えても理解してもらえないまま恋愛関係を継続して、無理にパートナーの望む性的役割を演じ続けて疲弊してしまうXジェンダーの人もいます。
パートナーがパンセクシュアルの人であれば、相手に男女どちらかの役割を求めることは少ないので、Xジェンダーの人にとっては付き合いやすく、それがアンケート結果に現れているのかもしれません。
Xジェンダーとクエスチョニングとノンバイナリーの違い
Xジェンダーと似た意味を持つ言葉として「クエスチョニング」、「ノンバイナリー」があげられます。
これらの言葉とXジェンダーの違いを解説します。
Xジェンダーは性自認が無性、中性、両性、不定性である
Xジェンダーと言っても、大まかに4つのタイプが存在するとされています。
- 中性…自分は男と女の中間だと認識している人。ただし男と女の中間だけではなく、「中性と男性の中間の性自認」、あるいは「無性と女性の中間の性自認」を持っている場合もあります。
- 両性…男でもあり女でもあると自認している。男女の割合は人によって異なります。
- 無性…男女どちらでもない性、性別という枠組みがない感覚を持っている人。
- 不定性(流動性)…上記いずれかのタイプに固定されず、性自認が流動的である状態
一言にXジェンダーといっても、これほどまでに4つのタイプは内容が異なります。
クエスチョニングは自分のセクシュアリティが分からない、決めたくないセクシュアリティ
クエスチョニングとは性自認もしくは性的指向のどちらか、または両方がわからないか決めない人のことを指します。
Xジェンダーと似た印象をもたれるかと思いますが、Xジェンダーは、その人の中で性自認が決まっている状態です。
迷っている、もしくは決めない状態のクエスチョニングとは異なります。
ノンバイナリーは社会的に振る舞う性別に関すること
ノンバイナリー(non-binary)という言葉は、Xジェンダーとは異なり英語圏でも通用します。
男女どちらかという二元論(binary)を否定する表現ですので、Xジェンダーと非常によく似ています。
しかし、Xジェンダーは性自認のみを意味するのに対し、ノンバイナリーは性自認だけでなく性表現も含まれています。
外から(社会的に)見ても分かるように表現している点がXジェンダーとの違いとなります。
最近では歌手の宇多田ヒカルさんがノンバイナリーであることを公表したことで話題となりました。
Xジェンダーと性的指向
Xジェンダーの人々の性的指向は多様で、「異性愛」、「同性愛」と表現することができません。
あるFtXの人は男性、女性どちらも好きになることがあり、どちらとも付き合ったことがあるという人もいます。別のFtXの人は、付き合った人がたまたまシスジェンダー男性で、結婚をし出産をするに至ったという人もいます。
この人の場合、何も知らない人から見れば、普通に結婚した多数派のシスジェンダー女性にしか見えないかもしれません。Mtxの人で、性自認に気づかずに結婚をし、妻と子供を授かったもののそれ以降に性自認に違和感を強く抱えてしまい、結局離婚していまったという人もいます。
あるMtXの人は、好きになる性はいつも男性のためゲイセクシュアルを名乗っているが、性自認がXジェンダーのため、そもそもゲイセクシュアルという単語を使用することが正しいのかすら自信がない、という人もいます。
Xジェンダーと学術的な研究
武内今日子著 投稿論文「X ジェンダーであること」 の自己呈示―親とパートナーへのカミングアウトをめぐる語りから」
こちらの研究では、4人のXジェンダー当事者から親、もしくはパートナーに対してXジェンダーであることをカミングアウトする過程、どう自己呈示し、それに対する反応をどう解釈するか考察しています。
男女二元論を前提とした社会で生きている人々に対し、Xジェンダーを説明してもすぐには理解してもらえないけれども、時間をかけてXジェンダーについて学び、寄り添ってくれる親もいれば、「バイセクシュアルのこと?」と理解できていない返答をした上で、「精神病院へ行け」と拒否反応を示し、疎遠になってしまったという親もいます。
パートナーに対するカミングアウトでは、FtXの人がシスジェンダー男性と付き合ったものの、自身がXジェンダーであることを明確に伝えられない関係が続き、次第に化粧など女性性を求められてしまい男性性を隠しているのにも疲れてしまい、求められることとできることの違いもあって破局してしまう例があります。
Xジェンダーの人が親やパートナーに自身の性自認を伝える難しさ、苦悩がありありと伝わります。
Xジェンダーは日本限定のセクシュアリティ
Xジェンダーは1990年代後半に日本国内で独自に使い始められた言葉である
当時、自身の性に違和を覚える人としては、FtM(Female to Male、女性から男性になりたい人)、MtF(Male to Female,男性から女性になりたい人)、手術をして戸籍変更も希望する性同一性障害の人、と男女二元論に基づいた考えを前提とされていました。
そうした枠組みから外れてしまう人の受け皿としてXジェンダーが登場したと指摘されています。
海外には正確な意味でXジェンダーに対応する言葉はない
Xジェンダーという言葉は日本で登場した言葉で、海外でX-genderと話しても、理解してもらえる可能性は低いようです。
男でも女でもないという意味でGender Queerという言い方がありますが、日本でのXジェンダーの意味と完全に同じとは言えません。
またネイティブアメリカンの間で存在した男女両方の魂を持っているとされるtwo-spiritという表現がありますが、こちらも男女二元論に根ざしている時点でXジェンダーと同じとは異なります。
Xジェンダーをカミングアウトしている有名人
レイレイさん
Minty pic.twitter.com/3IQaaD45cs
— れい (@rayhung0412) April 8, 2022
物心ついたときから性別と性自認が一致していないと思っていて、21歳の時にどちらでもないという考え方を知ってXジェンダーだと気がつきました。
他人に自分のことを説明する時は、Xジェンダーという用語は使用せずに、男でも女でもなくニュートラルに接してくださいと説明されているそうです。
ご自身でジェンダーレスなファッションブランドを展開されています。
- HP:https://www.ray-ray.online/about
- Twitter:https://twitter.com/rayhung0412
- Instagram:http://instagram.com/rayray.online
- note:https://note.com/rayray0711_/n/n1b4ef9fc3f17
月海(つか)さん
Tom mom. pic.twitter.com/vlLvsReiDy
— 月海 𝕋𝕤𝕦𝕜𝕒🎭𓅓⚥︎ (@Schatz0226) April 6, 2022
Xジェンダー不定性であることを公表しています。
月海さんはドイツ、アイルランド、日本の血が混ざった青森県出身の方で、性指向はパンロマンティック(全ての性別の人に魅力を感じる)。
FtXだと気づいたきっかけですが、まず幼少期に男は女を好き、女は男を好きになるという男女間だけに限定されることに違和感を覚えたそうです。
大学生のジェンダー差別・雇用問題を学んだ際にセクシュアルマイノリティについて学び、Xジェンダーの概念を知ったときに自分がXジェンダーに該当することに気が付きました。
男性女性に二分する考えが嫌で当初は結婚、妊娠、出産に対し否定的だったそうです。
ところが、パートナーの方とお付き合いをして話し合いをする中で、そうした価値観を否定すること自体が自分自身を差別していたということに気づき、その後出産されています。
- twitter: https://twitter.com/Schatz0226
まとめ
- Xジェンダーは男女どちらかにはっきりと分けることのできない性自認を持った人々を指します。
- Xジェンダーの人の割合は約2.5%
- 男女どちらかが当たり前の社会で、Xジェンダーの人は性自認を他人に伝える難しさ、一人称や服装、所属すべきコミュニティがない孤独感など様々な困難を抱えている
- Xジェンダーの人は恋愛においても、相手に性自認を理解してもらうことの難しさ、相手が自分に求める性役割の差などの困難がある
- Xジェンダーに似た言葉のクエスチョニングは性自認、性的指向を迷っている、決めないこと
- Xジェンダーに似た言葉のノンバイナリーは社会的に振る舞う性別に関すること
- Xジェンダーという言葉は1990年代後半に日本で発生した言葉で、海外では通じる可能性は低い
性自認や性的指向などに関して、無理に自分を何かにカテゴライズする必要はないと思いますが、Xジェンダーの概念を知って、少しでも「自分はXジェンダーに該当するかもしれない」と感じ、生きるのが楽になる人がいれば幸いです。
また、Xジェンダーに該当しない人でも、そうした性自認を持っている人がいることを知る人が増えて行けば、Xジェンダーの人々が抱える生きづらさは少しずつ軽減されていくと思います。
世間や社会から求められる「男性の役割」、「女性の役割」で苦しんでしまうXジェンダーをはじめとするセクシャルマイノリティが少しでも減ることを願って、この文章を終わらせてもらいます。ここまで読んでいただきどうもありがとうございました。
▼参考文献