みなさんこんにちは、IRISで代表をしている須藤です。

突然ですが、最近、僕にとっても会社にとっても、
大きなターニングポイントとなる出来事がありました。
今回はそのことについてお話しをしたいのですが、これまでの僕の「人生」についてもセットで触れておきたいです。
僕は2014年にIRISを立ち上げましたが、本当に一筋縄で行かないことが多かったように感じています。

そんな状況であっても、なぜチャレンジを続けてこれたのか。
僕の根っこにある信念、IRISに懸ける想いを知っていただきたく、
ありのままに筆を執りたいと思います。 

決して忘れることのない幼少期

僕は、かなり壮絶な暮らしを送っていました。
例えば、電気ガス水道が全て止まってしまい、蝋燭で明かりを灯したり、公園で水を飲んだりして、なんとか生きる...といった感じで。

あまりにも酷い家庭状況を見兼ねて、祖父母が僕たち一家を受け入れてくれました。
そこからは、祖父母、両親、僕の5人家族で暮らすことになりました。

とはいえ、生活は改善したかといえば、決してそうではなく。
祖父母の年金に頼った毎日を送らざるを得ませんでした。
両親は働いてはいたものの収入には波があったので、持ち家の住宅ローンを支払いながらも、なんとかギリギリの生活を送るといった幼少期を過ごしました。

上京する転機と勇気をくれた友人

僕が高校生になった時、やっとバイトができるようになったので、時給620円のコンビ二店員として週5で働いていました。
時給は低いけど、廃棄のお弁当を食べれるといった利点があったので、
それらを持ち帰り、家族に分けて命を繋いでいました。

でも、これだけではお金が足りなかったので、掛け持ちでアルバイトを増やして、
高校生ながらほぼ休みなしで働く生活を送っていました。
思春期だったのもあり、学校で色んなことに疲れたり、少し他人より見た目が派手になったりする時期もあり、高校生活も途中で脱落しても構わないという思考になっていきました。

しかし、僕を助けてくれたのが友人たちでした。
みつくにという友人が「一緒に卒業しよーぜ」と言ってくれて、毎日モーニングコールをしてくれました。(本人が覚えているかは不明ですが。笑)
彼が居てくれたおかげで、無事に高校を卒業できました。
卒業後は、自分の夢を追いかけて、勢いとノリで仙台から上京。
当時、周りの友人には「俺来週から東京行くわ!」って伝えて、1万円だけ持って東京に来ました。

自分自身を受け入れるまでの葛藤

苦しかった幼少期から高校時代を駆け抜けきて、
「さーて、これから追風が吹くぞ!」と意気込んでいたのは束の間。

上京したのはいいけど、周囲と自分を比べてしまうことばかりで、
僕自身がゲイであることに悩むようになったのです。

「もう人生を終わらせてしまった方が楽なのではないか」という極限まで、追い込まれまていました。
葛藤をしながらも、なんとか踏みとどまりの繰り返し。
でも、ある時に「こんなところで死んでしまうくらいなら、そのエネルギーを他のことに使えるのでは?死ぬのはその後でもいいじゃんか」と、ふと気づいたことがありました。

その体験をしてからは、ゲイである自分をポジティブに捉えるようになっていました。
「誰かに憧れる人生ではなく、誰かが憧れてくれる人生にしていこう!」と思えるようになったんです。
僕の人生は、そこから大きく変わりました。

強い想いと信念が、今を創る。

お金もない、人脈もない、学歴もない、職歴もない、何もない。
そんな人間がどうしたら成功を掴めるのか。

必死で自問自答を繰り返し、たどり着いた答えは「行動し続けること」でした。
まずは、自分のできることから、少しずつチャレンジしていく。
それがいずれは、点と点が繋がると思ったのです。

僕の座右の銘は「継続は力なり」です。
そして最近好きな言葉は「人生一興」です。

田舎で貧乏育ちの生意気だった僕ですが、
今では20数名を超える仲間達と住宅課題に取り組みを行なっている
ソーシャルベンチャーの社長です。

どんなに苦しい場面でも、強い想いと信念だけは、
決して曲げませんでした。
だからこそ、今の僕があるのだと思っています。

2022年、更なるチャレンジをするために

僕の過去の話を読んでくださり、感謝します。
冒頭でお話した「大きなターニングポイントとなる出来事があった」という内容についてお伝えします。

この度、とても良いご縁をいただき、外部から出資をお受けすることを決断しました。
しかし、この契約手続きが完了した日は、皮肉にも僕を育ててくれた祖父が亡くなった日でもありました。

新たなチャレンジと大切な家族を失った日が同日だなんて、なんとも神様はいじわるです。
だけど、これは祖父が僕に残してくれた最後のプレゼントだと受け止めています。

僕はこれから残された人生をかけて、仲間達とたくさんのチャレンジを繰り返し、
自分らしく生きられる社会を作っていきます。

無意識なバイアスによって選択肢が限られる環境ではなく、
選択肢が多い人生を歩める社会にしたい。

そんなことを企みながら、自分の人生を楽しんでいこうと思います!

”No Rain, No Rainbow”