「免許証は身分証明にもなるから、運転免許は持っておいた方が良い。」といった内容を、家族や友人などから一度は耳にしたことがあるかもしれません。たしかに、運転免許証はあらゆる場面で身分証明書として機能し、免許証さえ提示すれば身分証明になる場面が多数あります。

しかし、運転免許証には性別の記載がないことをご存知でしょうか。性別を証明する記載事項が必要な場合、実は運転免許証だけでは不十分となります。

さまざまなセクシュアリティを持つ人がいて、現代においてその多様性が認識されつつある社会のなかでは、性別の記載がないことはあらゆる人に配慮した結果でもあります。

今回は、免許証を身分証明として使いたい場合や、海外の運転免許証ではどのような記載がされているのかについてお伝えします。

身分証明として利用できるが、性別証明にはならない日本の運転免許証事情

最初にお伝えしたとおり、日本の運転免許証には性別の記載はありません。今まで不自由なく身分証明として使用してきた人のなかには、性別の記載がないこと自体あまり認識したことがないかもしれません。

運転免許証は公文書にあたり、身分証明として使えることは事実です。もちろん偽造や変造、顔写真に落書きをするなども許されないものです。

ただし、性別を証明する書類が必要な場合に限り、日本における運転免許証だけでは証明は不十分といえます。

性別を確認する書類とは?

日本が発行するパスポートや、健康保険証には性別の記載があります。ほかにも個人番号カードやマイナンバーカード、写真付き住基カード、特別永住者証明カードや在留カードなどに性別の記載があります。

健康保険証は、種類によっては表面に性別が記載されるのではなく、裏面に戸籍上の性別として記載がある場合もあるようです。

この性別の記載というのは健康保険証に限らず、いずれの証明書も戸籍上の性別を記載してあります。身体的性と性自認が異なるトランスジェンダーや、男性・女性の2つの性別のいずれかでは選択できないと考えている人には、自身の性自認と異なる記載がされていることもあります。

戸籍上の性別を変更するのはハードルが高い

では、戸籍上の性別と性自認に差異がある人にとって、戸籍上の性別を変更したり、自分の望む表現で記載できるのかというと、現在の日本においてはそうではありません。
たとえばトランスジェンダーの人が戸籍上の性別を変更したいと考えた場合には、法律上決められた手順に沿う必要があります。

まず、医師2名以上によって診断を受けている診断書が必要であったり、20歳以上の成人でなければならなかったり、婚姻関係にないことなど、他にもさまざまな規定があります。

また、性別適合手術を行った証明書も必要です。手術後にもらう診察書の事です。

必要な書類を揃えたのち、戸籍変更は管轄の家庭裁判所で行い、裁判官との面談などを経て変更が可能になります。

手順を踏めば変更ができるように感じられるかもしれませんが、今の日本の法律上、性別を変更したい場合には成人するまで待たなければならないことや、性別適合手術が必要になることなど、非常に長い期間と、高額な費用を支払ったうえで成立することであり、とても長い道のりになります。

海外での運転免許証の扱いは

運転免許証の性別の記載に関することに話を戻しましょう。

性別の記載のある身分証明書がある一方で、日本の運転免許証には性別の記載がないことがわかりました。また、戸籍上の性別を変更しようとしたときには多数の手順を踏まなければならないこと、自分の望む性別の表現ができるわけではないことも知っていただけたのではないでしょうか。

海外では、運転免許証にも性別の記載がありますが、アメリカの1部の州やドイツなどヨーロッパで性別Xを選ぶことができる場合があります。

アメリカワシントン州やニュージャージー州、マサチューセッツ州などジェンダーの欄に「M(男性)」、「F(女性)」の他に「X」があります。これは、ノンバイナリーを示す性別認識の記号で、ノンバイナリーの他に男女の性別にとらわれない人、自分の性別を特定しない、したくない人が選ぶことができます。

アメリカでは上記の州のほかに、2021年には20の州で同様に「X」を選択できる状況であるといいます。自分の意思で選ぶことができるという環境も良いと思います。

またドイツでも多様を意味する「ディバース(divers)」を選ぶことができる環境が整っています。出生時に親が男性、女性、ディバースの3つの中から子どもの性を選択することができ、ここで選択した性別がパスポートや運転免許証など、あらゆる行政文書に記載されます。また変更もいつでも可能だといいます。

日本の運転免許証をめぐって

海外ではすでにあらゆる人、あらゆるセクシュアリティに対応しようと、さまざまな取組が行われていることがわかりました。

一方日本では、運転免許証に性別の記載がないことから、トランスジェンダーの人や、男性、女性の枠に当てはまらないセクシュアリティを持つ人は、運転免許証の身分証明を頻繁に使用するという例もあるようです。

性別の記載がないことが誰かにとって1つの救いになっていれば良いのですが、性別の変更には時間と手間と費用がかかり、あらゆるセクシュアリティに対応したものとは言い切れません。日本にも運転免許証の性別記載や、ほかの公的文書における性別の記載についても変化が訪れることを願っています。