LGBTs

日本のLGBTの歴史を時系列でご紹介!時代が動いたのはいつ?

「LGBTの歴史について詳しく知りたい!」

「LGBTの歴史はいつがターニングポイントなんだろう?」

この記事にたどり着いてくださった方は、きっとそんなことをお考えではないでしょうか。

そこで今回は、2000年生まれのアライであるライター、inoがLGBTの歴史についてご紹介していきます!どのタイミングでLGBTに対する理解が広まっていくのか、参考になると思います。

LGBTの歴史①江戸時代までは寛容だった

少し意外かもしれませんが、実は日本では江戸時代まで、同性愛に対して寛容な考えを持っている風潮がありました。

まだトランスジェンダーやレズビアンに対しては、あまり認識が無かったため資料がありませんが、ゲイやバイセクシュアルの戦国武将が複数存在していたことははっきりと資料に残されています。

具体的な戦国武将の名前を挙げると、織田信長や武田信玄、伊達政宗など。かなり有名な武将ばかりです。特に伊達政宗は男色を誇りに思っており、少年と契りを交わすたびに自分の身体に傷をつけ、契りの証にしていたんだとか。

しかしその後の江戸時代中期には、主君よりも男性の愛人を大事にしてしまったり、美少年を巡ってトラブルが起こったりしてしまい、風紀を乱すとして同性愛に対し厳重な取り締まりが行われるようになってしまいました。

昔は寛容だった同性愛への風向きが変わってしまったのは、この辺りからです。

LGBTの歴史②1872年、同性間性交渉禁止条例

明治時代初期になると、同性愛者に対する風当たりはより強くなっていきます。なぜなら、当時の日本は文明開化で西欧の知識を取り入れており、その西欧では同性愛者を罪悪視している価値観や同性愛者を異常性愛に分類している考えが主流だったためです。そのため同性愛=悪というイメージがだんだんと染み付いてしまいました。

そして1872年には、同性間性交渉禁止条例という、国内で最初で最後の同性愛に対する禁止条例が定められました。この条例も西欧の文化を取り入れたものだと言われています。ただ、その後1880年に発令された刑法では同性間での性交渉を禁止する条例はなくなりました。それ以降、同性愛を犯罪化する法律は制定されていません。

ちなみに、大正から昭和初期にかけては同性愛者の差別的な視点が多く、カミングアウトをしづらい状況が続いていたと言います。

LGBTの歴史③1950年代、ゲイバー誕生

第二次世界大戦が終わった1945年以降、徐々に同性愛に対する世の中の考えが変わっていきます。

例えば、1950年代にはゲイタウンが誕生し、ゲイバーが多く誕生しました。この時期にゲイバーができたきっかけとしては、言論の自由が認められたこと、権威の喪失などが挙げられます。主に新宿二丁目や池袋、関西ではミナミや堂三がゲイタウンの中心地になっていきました。

そのほか、三島由紀夫などの著名人が同性愛を公表するなど、同性愛が一般的な恋愛の形として徐々に認識されるようになります。

LGBTの歴史④1971年同性愛を公表する選挙立候補者が出馬

1970年代に突入すると、ゲイ雑誌の刊行がより盛んになり、以前よりも同性愛者、特にゲイの情報が広まるようになります。

そんななか、1971年には同性愛を公表した政治家が選挙へ立候補をします。当時とはきわめて異例のことだったそう。政治家はゲイだけでなくセクシャルマイノリティー、障碍者への偏見・差別をなくすことを一貫して主張していました。

また、タブー視されていた「おかま」「ホモ」「ゲイ」という単語をあえて多用したため、カルチャーショックを起こし「伝説のおかま」と言われたほどインパクトも残しました。残念ながら立候補した選挙には落選してしまったそうですが、同性愛者にとってはかなり勇気づけられる出来事だったのではないでしょうか。

さらに、1976年には国内初のゲイ団体である「日本同性愛者解放連合」が結成されます。この団体を皮切りに、多数の同性愛者のための団体が生まれていきました。背景には、世界的にゲイ解放運動が行われていることが関係しています。

LGBTの歴史⑤1990年、府中青年の家事件

徐々に同性愛を筆頭とするLGBTへの認識や運動が広まっていく中、大きな転機が起こります。それは、「府中青年の家事件」と呼ばれる事件です。発端は、東京都の公共宿泊施設を同性愛者の団体「働くゲイとレズビアンの会」が利用したことです。

団体は利用中に他団体からの差別・嫌がらせを受けてしまい、施設の所長にやめるよう申し出たところ、施設側は「都民の同意を得られていない同性愛者の施設利用は今後お断りする」とと発言し、次回以降の同団体の施設利用を拒否しました。

 

その後、団体はこの決定を不服として東京都を提訴しました。すると、なんと約3年間の法廷闘争の末、1994年3月に原告側が完全勝訴したのです。裁判所は、同性愛者だとしても性行為を行う具体的な可能性がないと利用は拒否できないと結論付け、団体にはそのような可能性がないと判断しました。

東京都はこの判決を不服として、団体を同年4月に東京高裁に控訴しました。ですが、団体の主張に反論をすることができず、またしても団体側の全面勝利に終わります。

この裁判をきっかけとして、LGBTへの理解が急激に深まっていくのです。裁判所が公式に同性愛者の権利を認めたことは、世間に大きな衝撃を与えたことは間違いないでしょう。

LGBTの歴史⑥2003年、国内で初めて同性愛者の人権を明記した条例が施行

2000年代に入り、21世紀を迎えると、さらにLGBTへの保護が活発になっていきます。2003年には宮崎県都城市が国内で初めて同性愛者の人権を明記した条例を施行しました。また、同じ年には大阪府議会において、こちらも国内初の同性愛者を公表した地方議会議員が当選します。

もちろんまだまだ一般的な理解が完全にあるかというとそうではないですが、それでもLGBTの方々には嬉しいニュースであったことでしょう。

国民の同性愛に対する見方も、どんどん肯定的になっていきます。2005年の調査では、同性愛を認めると答えた人は全体の4割に上っていました。さらに、50歳未満で見ると全体の80%近くの人が肯定的に見ているという事実も発覚します。

LGBTの歴史⑦2015年、渋谷区が同性パートナーシップ証明書の発行を含む条例を施行

2010年代になってもLGBTに対する肯定的な出来事は止まりません。2015年には、渋谷区が同性愛者をパートナーとして認めるパートナーシップ証明書の発行を含めた条例を施行しました。日本において同性愛者をパートナーとして自治体が認めたのはかなり画期的で、大きくニュースで取り上げられています。

この後もLGBTに対する支援は自治体単位で拡大しており、今後さらにLGBTへの権利が広がっていくことを期待してよいと言えるでしょう。

LGBTの歴史まとめ

LGBTの歴史を見ると、かなり先人たちが苦労をして、努力してきたことがうかがえます。まだLGBTに対する理解がほとんどなかった時代にカミングアウトするということは、かなり勇気がいることだと思います。

もちろん現在の日本でもLGBTに対する課題はないわけではありません。まだまだ国としてやるべきことは多く残されていますし、権利を認めてほしいと運動する方々も多くいます。そんな方々の思いが報われるよう、今後も一人一人にできることがないか考えていくことが大切ではないでしょうか。

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◎この記事を書いた人・・・ino
2000年生まれのアライ。ライターとブロガーで活動しています実年齢-5歳に見られがち。豚骨ラーメンを愛してやみません。

 

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