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記憶がぶっ飛びまくる!20代ゲイが解離性障害を発症して辛かったお話。

どうもこんにちは!LGBTs当事者によるLGBTsフレンドリーな不動産会社IRISのしょうへいです。

僕は20代前半に鬱病を発症し、20代中盤が過ぎた頃には解離性障害という病気を発症しました。そして今でも何となくその気を引きずったまま生活しています。

本記事では解離性障害という病気がどのような病気なのか、体験談を交えながらお話していこうと思います。

ある日突然ではなく薄々変だなと思っていた

鬱病を発症したときは誕生日の日だったか、誕生日の次の日だったかある日突然という感じでしたが、解離性障害は徐々に変化がありました。当時の僕は年下の子と付き合っていて、あんまり相性が良くなかったのか喧嘩も多く、散々振り回されていました。でも、僕は相手のことが大好きだったので、良い方向に向かうことを信じて毎日気を使いながら頑張っていました。

そして僕は当時、パーソナルトレーナーになるという夢があり、通信制の高校と専門学校を同時に通いながらバイトも頑張るというかなりしんどい生活を送っていました。こんな生活が僕にはどうやら合ってなかったのか、自分の中で少しずつ変化がありました。

僕がバイトしていたところはスポーツジムだったので、プールの監視業務もありプールの監視業務を終えてからは、タオルを持っていることが多い状態でした。でも、その時はタオルで体を拭いたのは分かるけど「タオル無いな〜」と思いながら、フロント(受付)に立って接客をしていたのです。

そんな時、プールからのインカムがきて「プールの観客席にタオルの落とし物があったので次の入れ替わりのとき持っていきます!」という連絡がきました。そして僕は何食わぬ顔で忘れ物処理を行いました。しばらくして、入れ替わりの時間が来てプールの監視だった人がタオルを持ってきてくれたのですが、何やら見覚えがあるような…。そう。そのタオルは紛れもなく僕のものだったのです。でも何で基本的には行くことがない観客席に僕のタオルが…?

僕が不思議がって自分のタオルを見ていると、一緒にフロントをやっていた社員のスタッフさんが「そのタオル、坂巻さんのだったんですか?」と話しかけてきました。そして「そうなんですけど…なんで観客席にあったのか分からないんですよね〜」と話したら「さっき坂巻さん、プールの観客席に行って、プールから忘れ物受け取ってきたじゃないですか」と言われました。

でも僕の中には全くそんなことをした記憶がありませんでした。

記憶の欠落が頻繁に起きるようになる

記憶の欠落は日を重ねる毎に少しずつ起きる頻度が増えていきました。例えば学校の授業もノートは取ってあるのに、先週の授業に出た記憶が一切ないとか、そもそも学校に先週いた記憶がないとか。電車に乗っていて乗った瞬間に時間が飛んで目的地に着いているとかそういうことも起きるようになりました。

そして日に日に意識が遠のくような感覚も強まっていき、何となく毎日が夢の中にいるような感覚になりました。意識を強くハッキリと持とうと思っても、自分が遠ざかって頭がぼーっとしてしまうのです。それからというもの時間の感覚も曖昧になり、余計に記憶に対して継続性がなくなってしまいました。

この時は解離性障害なんて病気は知らなかったので、若年性アルツハイマーになってしまったのかと1人でドキドキしながらもっと進行していったらどうしようと悩んでいました。

突然、道がわからなくなる

ある朝のこと、いつものようにマンションを出て学校に向かおうと思ったら、何だかいつもと景色が違って見えました。「なんかおかしい…?でも学校に早くいかなきゃ遅れちゃう」と思って歩き出そうと思ったのですが「あれ…?学校って右だっけ?左だっけ?」道が全く分からなくなってしまったのです。幸い、当時からスマホを使えば地図を見て目的地には辿り着ける時代だったので、地図を見ることで学校にはたどり着けましたが、本当にこの時は怖くて仕方がありませんでした。

また友達が東京に遊びに来たときも、似たようなことが起きました。その友達は上野に遊びに来ていて、とある宿泊施設に泊まる予定でした。その宿泊施設は僕も元彼に連れられて泊まったことがある場所だったので「そこなら道案内できるよー」と言って、案内したのですが一向に着く気配がありません。

でも通ってきた道のりは何となく見たことがあったのです。そして、本来なら駅から20分くらいで着くはずのその場所が、1時間歩いても辿りつかないので、スマホで位置を見てみたら全くの別方向でした。そして通ってきた道も今まで一回も通ったことがない道なのに、見たことがあると感じてしまっていたのです。

道が突然分からなくなるというのは、この2つの出来事が印象深く覚えていますが、他にも多々こういうことが起きました。ちなみに今も地元の駅周辺の道が分からないままです。家から駅までの道が思い浮かべられません。

よく行ってた心療内科で解離性障害が発覚する

鬱病は問題がない程度まで回復したものの、発達障害を持っていたので定期的に病院に通う必要がありました。その中で「最近よく記憶が無くなっちゃうことがあるんですよね」と話したら、チェックシートのようなものを渡されて、しばらくして解離性障害であることを伝えられました。

記憶が飛んでしまうことは解離性障害ではよくあることだそうです。そして解離性障害が進行していくと別の人格が現れて多重人格になってしまう場合もあるそうです。また記憶障害も進行していくと自分の名前や年齢を忘れたり、家族のことを忘れたり、自分の体験全てを忘れてしまったり記憶喪失のようなことも起こることがあると言われました。

確かに今まで知っていた道が分からなくなってしまったりしたので、何となく記憶喪失になるというのがどういうものか分かるような感じがしました。

ストレスが原因で解離性障害を発症するらしい

解離性障害の原因は強いストレスだそうです。確かに解離性障害のピーク時は強いストレスを感じている状態でした。学校の人間関係もあまりよくはなく、恋人とも上手くいっているような状態ではなく、ストレスが知らぬまに限界値に達していたみたいです。

そして解離性障害の症状は、学校を卒業して地元である茨城に帰るまで続いていました。それからは徐々に回復していきましたが、今でも忙しいときは部分的に記憶が飛んでしまうことがあります。また前みたいに頭がハッキリとはしていなくて曜日感覚や時間感覚が無いような感覚のまま暮らしています。

解離性障害を発症する前みたいなハッキリとした意識に戻って欲しいのですが、中々そこまでは戻ってくれないですね。気を抜くと自分でもよく分からないようなミスをしてしまうので本当に大変です。自分でもよく分からないミスは他の人に話しても分かってもらえません。

日常生活も安全運転が大事

鬱病や解離性障害を経て僕が感じていることは、日常生活も安全運転が大切ということです。スピードを出しすぎて生き急いでも、鬱病を発症したりストレスから解離性障害を発症したり、あまり良いことは起きないと学びました。その為、今は高すぎる目標を作ったり無理はせず、辛すぎる環境に身をおくこともやめてなるべく穏やかな毎日を送ろうと心がけています。

以上。20代ゲイが解離性障害を発症して辛かったお話でした。最後まで読んでくださりありがとうございます。

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◎この記事を書いた人・・・しょうへい
1990年8月生まれのXジェンダーのノンセクゲイ。ハンバーグとオムライスが好き。元Webデザイナー兼ライターの経験を活かしブログ記事を執筆しています。

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